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天才魔法師イルヴァ・フェルディーンは、嘘をつかない  作者: 如月あい
王立軍の研修編

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62/62

62.古樹森林戦③

 イルヴァの人生の中で、死を覚悟した数は多くない。

 けれど、その数少ない一度に、この度の戦いは入るかもしれなかった。


 息が上がり、整える暇がなくずっと連戦だ。魔法も使えない。

 イルヴァは無心で剣を振り、魔封じ領域でも、どこ吹く風の狼の魔法核(コア)を打ち砕いては切り捨てた。


 守るものがいないので、森の木々や、自分で出した氷の壁を駆使しながら、回避して距離を保ちつつ、確実に魔装狼(ルーンウルフ)を倒していく。


 無心で斬り続け、何頭切り捨てたかわからない魔装狼(ルーンウルフ)の死体は、複数の場所で小さな山となっていた。


 その死体に足元を取られないように避けながら、視界にいる最後の一体を魔法銃で撃ち抜いた。


「つ、つかれた……」


 しかし、戦闘は完全には終わっていない。

 疲れていても、戦い終わるまでは座って休むことはできない。


 イルヴァは足が固まらないように歩きながら、魔法が使えないかを探ってみた。

 しかしやはり使えない。


  ーーー探知が使えれば……。


 隊員たちと別れて最初に出てきた霧光の鹿(ルーミル)3体は、まず初めに始末した。


 しかし、その3体を倒してもなお、魔封じのテリトリーから抜け出せなかったし、霧も止んでいない。

 その後の魔装狼(ルーンウルフ)との戦いも、今の今まで、結局、剣と、少し使えるようになった魔法銃で戦う羽目になったのだった。


 探知が使えないので、この次にどう動くか考えあぐねていると、南西方向に赤い花火が上がった。


 有事の際の合図だ。


 ーーー合流できたのね……。


 花火の位置と経過時間から考えると、ヴァール含めた3人がエリアスのいる部隊と合流した可能性が高い。

 あるいは、エリアスたちもまた、アルファウルフ級の魔物に遭遇したか、だ。


「エリアス……できれば合流したかったけど」


 ぼやいても仕方がない。

 エリアス本人は来て欲しかったが、他の部隊員がここまで来てしまったら、間違いなく死人が出た。

 魔封じで戦えない魔法師など足手まといになるだけで、役に立たない。


 だから、イルヴァの判断は間違ってない。

 ため息混じりで息を吐いた後、まだ整い切らない脈を落ち着かせるために、イルヴァは一度深く息を吸って、長く息を吐き切った。


 探知が使えない以上、頼りになるのは自分の五感のみだ。


 あたりはまだ霧に覆われていて、見通しは良くない。

 風に吹かれて木々もざわめき、一帯に転がった魔物の死体の血の匂いが鼻につく。

 目と鼻はこの状況下では、あまり索敵に向かない。

 

 そうなると、基本的には音を頼りに魔物の接近に気付くしかない。


 霧光の鹿(ルーミル)は大体、魔装狼(ルーンウルフ)と共にやってくる。

 ほとんどの魔物は魔封じになるのを嫌うが、魔装狼(ルーンウルフ)の強みは魔法ではないので、気にならないらしい。


 ただ、魔物が束になって動くということは、音を掻き消すことはできない。

 消音の魔法を使うような魔物もいるが、霧光の鹿(ルーミル)はそのタイプではないし、テリトリー内であれば他の魔物は魔封じ状態なので、消音も擬態もしてこない。


 目を閉じて、耳を澄ませた。

 

 葉擦れの音、鳥の声、遠くで何かが崩れ落ちる鈍い音――どれも、戦場ではありふれた雑音だ。


 その中で「正解」に耳を合わせる必要がある。

 

 さまざまな雑音の中に混ざる、土を踏み締める柔らかな音を捉えた。

 それは、軽快な一定のリズムで近づいてくる。


 イルヴァは戦闘の初動を有利にすべく、身体強化で木の上に一気に飛び乗り、魔法銃を構えた。

 魔法銃の良いところは、打てる球数がほぼ本人の魔力量に比例することだ。

 これはイルヴァにとっては、球数は無限に等しい。 


 霧光の鹿(ルーミル)のせいで魔法が使えない今、唯一、安定して遠隔攻撃をできる手段だ。


 息を殺し、銃を構えたままその時を待つ。

 

 やがて、白い霧の向こうに光が揺れた。

 細くしなやかな脚、枝分かれした角、薄く光を透かす青銀の毛並み。

 そして、それが一歩近づくほどに、魔力が乱される不快感が増す。

 

 一見、その神秘的で美しい鹿は、古い伝承で「神の使い」だとも言われている。宗教によっては神聖視されることもあるようだ。

 しかし、イルヴァに信じる神はいない。


 イルヴァは照準を定め、躊躇いなく引き金を引いた。


 白い閃光が真っ直ぐに迸り、霧光の鹿(ルーミル)の頭を撃ち抜いた。

 途端、乱されていた魔力が使えるようになった。これが近くにいた最後の1頭だったようだ。


 イルヴァは木から飛び降りると、風の魔法で霧を払った。

 続けて、自分の周囲に大規模な光魔法を放ち、強大な光の柱が天高くまで立ち上る。


 同時に、魔装呪符(ルーン)を解除された無防備な魔装狼(ルーンウルフ)たちが姿を現した。

 どよめき、もたつくその魔装狼(ルーンウルフ)たちに、イルヴァは鋭利な氷の雨を降らせ、一掃する。


 先ほどよりも積み重なった魔装狼(ルーンウルフ)の死骸を風の魔法でいくつかの山にすると、その死体を隠すように土魔法で土柱を立て、それをさらに氷漬けにした。


 先ほどまで漂っていた血の匂いも、死骸を埋めて氷漬けにしたことで少し、改善された。

 まだ爽やかな風が吹いているとは言い難い臭いがするが、そのうちおさまってくるだろう。

 

 ーーーまだ魔法は……使えそうね。


 イルヴァは魔法が使えるうちに探知してみることにした。森全域とまではいかないが、森の北部一帯はおおよそカバーできている。

 魔物の量が、さきほど探知したときより増えている。

 それに、霧光の鹿(ルーミル)と思われる、探知できない領域が、イルヴァのいる地点よりさらに北側の3方向から近づいてくる。


「増えてる……?」


 魔物の発生のメカニズムは明確には解明されていない。

 しかし、わかっている事実がある。


 それは、他の生物と同じく生殖活動により幼体で生まれるものもいれば、魔孔(まこう)より成体で涌く魔物もいるということだ。


 そして、この短期間で増えるのであれば、間違いなく後者であると考えて良い。


 ーーー王都には魔孔がないから魔物が少ないって聞いた気がしたけれど。

 

 思考しかけたところで、魔法が再び使えなくなった。

 

 そして同時に、2回目の赤い花火が上がる。

 先ほどより南下しているので、撤退し始めているのだろう。

 それに、花火が上がっている間は、霧光の鹿(ルーミル)と遭遇していないということだ。


 イルヴァがここで囮になっている効果はある。

 

「いたっ……!」

 

 思考に囚われていたせいか、足首に痛みが走り、立ち止まった。

 どうやら花火に気を取られている間に、地面から飛び出ていた尖った枝で切ってしまったようだ。

 今は魔法も使えないので、治すことはできない。


 イルヴァは足首を手早く確かめ、簡単に止血すると、左胸に手を当てて深呼吸した。 

 

 再びあたり一体が霧につつまれ始めている。脈を整えなければ。

 足を怪我しているので、木の上で待つのは、後で飛び降りる時に着地がうまくいかない恐れがあるので得策ではない。


 剣を構え直して、木にもたれかかるようにして背中を守り、その時を待った。


「――オォォォ……グルルルゥ……」


 霧の中から、低く長く伸びる遠吠えが、聞こえてきた。

 おそらく魔装狼ルーンウルフのものだ。 

 

 その遠吠えが、聞こえなくなった次の瞬間、黒い影が飛び出してきた。

 イルヴァは剣でその首に向かい剣を振るい、魔法核(コア)を砕く。囲まれる前に位置を移動して、走りながら襲いかかってくる魔装狼ルーンウルフに剣を振るった。


 刃が通る時もあれば、通らないで弾かれる時もある。しかし、今は魔装狼ルーンウルフの数を減らすよりもやるべきことがある。


 霧光の鹿(ルーミル)を探し、仕留めることだ。

 イルヴァは先程自分が出した氷の柱などの影に隠れて撹乱しながら、霧の中で光青白い光がないかを観察した。


 しかし、それを探している間も、魔装狼ルーンウルフは襲いかかってくる。

 大口を開けて噛みつこうとしてくるその魔装狼ルーンウルフの脳目掛けて魔法銃を撃つ。しかしそれは効かない。

 続いて、首に打ち込むも、それも弾かれた。


 身体強化でとっさに横に飛んだものの、足首の痛みで着地のときに踏ん張り損ねて、体勢が崩れた。


 その隙をついて、魔装狼ルーンウルフが飛びかかってきた。

 し、背中は地面についてしまったが、かろうじて魔法銃で足首を撃ち抜いて魔装狼ルーンウルフ魔法核(コア)を砕く。

 

 跳躍中に力を失った魔装狼ルーンウルフが降ってくるのを、横に転がって回避する。

 しかし転がった先でも、別の魔装狼ルーンウルフが喉元を狙って飛びかかってきた。

 イルヴァは剣を突き上げて一頭を倒すが、別の一頭が左肩に噛みついてきた。


 肉が裂ける痛みで、息が詰まった。呼吸が浅くなる。

 しかしここでもたついていては確実に死ぬ。


 イルヴァは右腕で魔法銃を魔装狼ルーンウルフの心臓に突きつけて撃った。魔法核(コア)を破壊された魔装狼ルーンウルフは、イルヴァにのしかかる形で死んでいく。


 イルヴァは身体強化でなんとか起き上がると、剣を拾い、左肩を押さえながら走った。

 流石にこの状態で戦うのは負が悪い。


 一度、霧光の鹿(ルーミル)のテリトリーから抜け出すことを考えなければ。


 ーーーさすがに囲まれたら死ぬかもしれないわね。


 息が整わずとも、敵は待ってはくれない。イルヴァは走って木陰に隠れた。

 ただこれだけ出血していると、魔物の嗅覚では見つかりやすい。

 止血したいところだが、そんなことをしている暇はなさそうだ。


 まだ霧光の鹿(ルーミル)の影すら見つけられていない中で、3頭の魔装狼ルーンウルフが霧の中から姿を現した。


 自分1人で魔物を複数体を相手にする場合、鉄則は、同時に複数と戦わないことだ。 魔法が使えれば何体いようがかまわないが、剣と魔法銃しか使えないこの状況では、複数体と正面から戦うのは悪手である。


 イルヴァはまず、一頭の頭を魔法銃で撃ち抜いた。


「ギィィャァァ……!」


 白い閃光が弾けて、魔装狼ルーンウルフが叫び声をあげながら倒れた。

 自分が生命の危機に瀕しているからなのか、さきほどから、一発で魔法核(コア)を打ち抜ける確率が上がっている。


 しかし一頭倒したところで不利な状況は変わらない。

 残り2頭が同時に飛びかかってきたので、魔法銃で威嚇しながら、後ろに跳んで避けた。

 

 魔法銃から放たれる白い光の銃弾は、魔装狼ルーンウルフの首にある魔法核(コア)を打ち抜いた。

 しかし、残り1頭が目前に迫る。

 この距離では、避けられない。


 短剣を持った左手を前に突き出し、魔法銃を持つ右手を食いちぎられぬように後ろにかばったときだった。


 風を切る音とともに、白刃が一閃する。

 イルヴァの視界を横切った剣戟は、寸分の狂いもなく魔装狼ルーンウルフの首元を断ち切っていた。

 魔装狼ルーンウルフの身体が宙で崩れ、地面に転がる。

 

 どこから現れたのか、目の前には、見知った金髪の美青年の姿があった。


「間に合った……と言っていいのか……」


 エリアスは安堵した声を漏らした直後、イルヴァの肩をみて、顔色を変えた。

 自分の肩の状態は想像がつくのでエリアスの心境は察せられるが、今はそれどころではない。


「エリアス……どうして?」


 彼はここにいるべき人間ではない。

 より多くの隊員を逃がすために、合流は諦めたのだ。

 それとも言葉では指示しなかったので、イルヴァの意図が伝わらなかったのだろうか。


「話は後で」


 短く、しかし柔らかく制される。

 その声色に、普段の穏やかさと、明確な苛立ちが同時に滲んでいた。


 エリアスはイルヴァの前に立つと、視線だけで周囲を把握する。

 まだ魔法も使えない上に、霧の向こうが揺らいでいる。


「――まだいるからね」


 エリアスが言い終わるより早く、魔装狼ルーンウルフが飛び出してきた。


 エリアスは身体強化で一気に距離を詰め、剣を横に払う。重いはずの魔装狼ルーンウルフの身体が、まるで布切れのように弾き飛ばされた。 


 続けざまに、もう一頭が襲ってくるが、こちらは正確に心臓を貫き、魔法核(コア)を砕いた。


 最後の一頭が距離を取ろうとした瞬間、エリアスは短剣を投げた。

 回転する刃が、一直線に魔法核(コア)を貫き、霧の奥で鈍い音を立てて倒れた。


 エリアスがこちらを振り返ったその奥で、青白く透ける毛並みが見えた。


「10時方向、霧光の鹿(ルーミル)よ!」

「僕から離れないで」


 同時に、霧の中から魔装狼ルーンウルフが姿を現す。

 霧光の鹿(ルーミル)に引き寄せられたのか、それとも護衛でもしているのか。

 5頭が姿を現した。

 数は多いが、前衛で時間を稼いでくれる人間がいるのであれば、いくらでもやりようがある。


 イルヴァは魔法銃で続けざまに5発威嚇射撃をした。

 今にも襲いかかってきそうだった魔装狼ルーンウルフ達の動きが少し警戒するものに変わる。

 

「魔法銃……? いや、気にしてる場合じゃないか」


 エリアスは、魔法銃への疑問を飲み込むと、息を吸って、一気に魔物の群れに踏み込んだ。


 地面を蹴る音すら、遅れて聞こえるほどの速度。

 低く構えた剣が、鹿の懐へ一直線に滑り込む。


 角が振り下ろされるより早く、剣で一閃した。


 美しい光を放っていた角が、根元から断たれ、霧光の鹿(ルーミル)が絶命する。

 

 イルヴァは、思わず息を呑んだ。


 速い。

 だが、それだけではない。


 剣の軌道、踏み込み、体重移動。

 すべてが「最適解」で組み上げられている。


 ーーー美しい動きだわ。


 感心している間にも、 魔装狼ルーンウルフが襲いかかる。


 二頭同時に、挟み込むような動きだ。

 だがエリアスは、視線すら向けない。


 半身をずらし、最初の一頭の噛みつきを流すように避け、逆手で剣を返す。

 首元に走る、鋭い一線。


 魔法核(コア)が砕ける感触を確かめる前に、身体を回転させ、二頭目へ。


 踏み込みからの突き。

 寸分の狂いもなく、心臓部を貫いた。


 正確無比なその動きに感動しながらも、惚けている場合ではない。

 イルヴァは、様子を伺っている残りの3頭に魔法銃を向け次々に魔法弾を撃ち込んでいく。


 左肩が重くて上がらないので、片手照準では狙いが定めづらいが、1頭の足首にあった魔法核(コア)を砕いた。


 白い閃光が弾け、魔装狼ルーンウルフの動きが止まる。

 そこへ、エリアスの剣が届いた。

 首が落ちる。


 エリアスはその勢い残る2体も危なげなく駆除した。


 奥に見えた霧光の鹿(ルーミル)が、魔法を放つ構えを見せていた。

 もう魔法の発動は止められない。


「右に飛んで!」


 エリアスに指示しながら、イルヴァは左に飛んだ。

 間一髪のところで霧光の鹿(ルーミル)の放った紫の光線を避けると、霧光の鹿(ルーミル)の足を狙って魔法銃を撃った。


 手が疲れからか震えて照準が狂ったため、足に掠める程度で、あまりダメージは与えられなかった。


 ここで逃げられると厄介だ。左肩も痛いし、治療したいのでなんとしても仕留めたい。

 イルヴァはもう一度、足を狙って撃とうと体勢を整えた時だった。

 

 右前方にいたエリアスは剣を低く構え、一直線に走る。

 そして、気づいた時には、一閃されていた剣が、霧光の鹿(ルーミル)の首を跳ね飛ばした。


 霧が一気に晴れて、乱されていた魔力が正常化する。


 イルヴァはすぐさま光魔法で左肩の怪我を治療した。危うく骨が見えるかというほどの大怪我だったが、痛みとともに綺麗な皮膚が戻ってきた。

 左肩の痛さに忘れていたが、全身に魔法をかけたので、ついでに、足の怪我も治る。


「大丈夫?」


 先ほどまでの鋭い雰囲気は消え、いつもの穏やかな様子のエリアスが話しかけてきた。

 イルヴァの怪我も治り、安心した様子だ。


「ええ。完全に治せたから。エリアスも大丈夫?」


 イルヴァは触れながらエリアスにも治癒魔法をかけた。

 エリアスは見えるところには怪我をしてないようには見えたが、魔物の返り血なのか血まみれだ。


 イルヴァも自分が血生臭い気がしてきたので、自分とエリアスに浄化の魔法もかけよう。

 そう思ったら、エリアスが突然、抱きしめてきた。


「エリアス……?」

「……本当に、無事で……良かった」


 一言、一言を噛み締めるように言われ、イルヴァはそっと息を吐いた。

 心配をかけた自覚はある。


 おそらく、イルヴァの強さを間近でみてきたフェルディーン家の者でさえ、今回の状況はイルヴァの身を心配しただろう。


 ーーー正直、エリアスが来てくれて助かったわ。一時的に左腕を諦めようと思ってたところだけど、痛いのよね、あれ。


 エリアスの腕の力が少しだけ強くなり、より強く、抱き寄せられた。腕の中でその温かい体温に安堵していると、ふと、血生臭さが鼻についた。


 ーーーそういえば、私、血まみれ! エリアスが汚れちゃう。


 イルヴァは抱きしめられたまま、浄化魔法をかけた。

 そして、そっとエリアスの腕に触れて、体を離す。


「まだ終わってないわ。魔孔があるの」

「魔孔? この、古樹森林帯に?」


 エリアスは腕を下ろしながら、信じられないとばかりに問い返してきた。


「ええ。探知してるけど、倒しても倒しても増えてるの」

「じゃあこの後は魔孔を探しに?」

「ええ。霧光の鹿(ルーミル)の出る魔孔は看過できない。魔法兵の多いこの国では特にね」


 イルヴァは話しながら、言うべきか悩んでいたことを、指揮官として言うことにした。

 

「まずは、助けてくれたことはありがとう。本当に感謝してるわ」


 これは本心だ。イルヴァ1人のことを考えるなら、エリアスが来てくれた方が動きやすいのも事実。

 しかし、今は、研修の意味合いもあるとはいえ軍の作戦行動中だ。


 だから、イルヴァはあえてエリアスの青い目を見ながら、淡々と告げた。


「でも、私の指示は撤退行動を支援することだったはず。指示が伝わらなかった? 私が有事の総指揮官である以上、軍人としてのあなたはその指示に従うべきだった」


 エリアスはイルヴァの言葉を想定していたようだ。静かにイルヴァの言葉を聞き入れ、そして頷いた。


「軍人として0点だというのは、自覚があるよ」


 でもね、と続けられた言葉とともに、右腕を掴まれて抱き寄せられた。


 そして、エリアスは耳元でささやく。


「婚約者としては、この行動をとるしかない。僕は何度やり直しても同じことをする。たとえ味方の全軍を敵に回してもね」

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