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天才魔法師イルヴァ・フェルディーンは、嘘をつかない  作者: 如月あい
王立軍の研修編

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59.実習前の腕試し

 魔法を使うな、という衝撃の通達の後、イルヴァは今日の研修にいく者たちの更衣室に連れて行かれて、魔法兵団の制服に着替えるように言い渡された。

 

 そうして着替えて、イルヴァが監督する部隊と引き合わせられた場で、リングダール大佐は、もう一度念を押すように言った。


「彼女が君たちの監督官のフェルディーン大尉だ。フェルディーン大尉は、魔法の使用を全面禁止するので、彼女からの支援魔法は期待しないように」


 イルヴァは先ほど言われていたが、今日、下士官昇格試験を受ける兵士たちにとっては、寝耳に水だろう。

 6人並んでいるうち、アッシュグレーの髪の青年が、苛立った様子で食ってかかった。


「失礼ですが、魔法を使わない方が監督官ですか?」

「不満か? ヴァール上等兵」

「監督官の役目は、適切なタイミングで支援して、部隊の人間の致命的な怪我などから守る役目だと聞いていましたが」

「フェルディーン大尉が支援魔法を使ったら、君たちの研修にならない。この研修は下士官昇格試験の一部だが、彼女が支援したら評価点をつけられなくなることは間違いない」


 リングダールはそういうが、ヴァールは、まだ納得できていない様子だった。

 イルヴァの頭からつま先までを観察した後、目を細めた。


「大尉が魔物に襲われたら、私たちがフォローするのですか?」

「フォローが必要であれば、だが。必要か?」


 基本的には必要ないだろう。

 とはいえ、条件による、というのが本音だ。


「魔法による身体強化も禁止でしょうか?」

「いや、身体強化は許そう。もちろん、帯剣も」

「であれば、必要ありません」


 2人で話がまとまりかけたところで、ヴァールがイルヴァの前に進み出た。


「では、私と木刀で一度打ち合ってください」

「アンドリス!」


 後ろにいる他の隊員が叫んだ。おそらく彼の名前だろう。

 しかし、呼ばれた当人はじっとイルヴァを見据えている。


「あなたと私が?」


 ヴァールの体格は良い。

 筋肉質で、魔法師の割には鍛えられている。

 おそらく剣術もそれなりに嗜んではいるのだろう。


 しかしーーー

 

「ーーー私は魔物討伐の殲滅戦は得意ですが、対人戦で手加減するのは苦手なのです。あなたを戦闘不能にするわけにもいかないので難しいですね」


 ヴァールのこめかみのあたりがピクリと震えた。

 手がグッと握りしめられている。

 バカにするつもりではなかったがプライドを傷つけてしまったかもしれない。


 リングダールも彼のその様子に気づいたらしい。ヴァールが言葉を続ける前に、フォローに入る。


「手加減は難しいか?」

「魔法攻撃であればいくらでも手加減できますが、剣はそこまでの域に達していないので難しいです」


 イルヴァの返答にリングダールはどうしたものか、と呟きながら腕を組んだ。


「……いっそ魔法勝負はどうだ?」

「はい。私は魔法による勝負でも構いません」


 意外な返答に、イルヴァは思わず彼の顔を二度見してしまった。


「え? でも、私が魔法なしで足手まといにならないかが心配なのでは?」

「学校を卒業したての大尉が本当に戦えるのか知りたいのです」


 そういうことなら話は早い。

 魔法であれば簡単に実力を証明する方法がある。


「では、なんでもいいので私に魔法を打ち込んでください」

「なんでも?」

「私は、あなたのほとんどすべての攻撃を無効化できます」


 再び、ヴァールが苛立ったのがわかった。

 しかし彼にとって、一応、イルヴァは上官である。

 一度深呼吸すると、ヴァールが許可を求めるようにリングダールの方を向いた。


「とりあえず水魔法で勝負してくれ。君は確か水魔法得意だっただろう? 他の者は数歩下がれ」


 リングダールと他の隊員が下がったところで、ヴァールは躊躇いなく、詠唱した。


【清らかなる水よ。青き縄となりて、捕縛せよ】


 魔法式も悪くないし、速度も悪くはない。

 王都周辺の魔物討伐だったら、十分な攻撃力だ。


 しかし、イルヴァを相手にするには、遅いし弱い。

 形になりかけていた水が、宙で霧散する。

 ヴァールが構築しかけた水の縄を、イルヴァは容赦なく反唱(キャンセル)した。

 

「なっ……!」


 詠唱を反唱(キャンセル)されたヴァールの顔が強張る。

 他人に魔法を断たれた時に襲う、あの独特の不快感からか、彼の肩がわずかに震えている。


 ーーーさて、次はどう出るのかしら。


 そう思って見守る間もなく、ヴァールは悔しさを押し殺すように魔力を集め、魔法式を構築し始める。

 切り替えの速さは悪くない。


【雫よ、弾けろ】


 短い詠唱。速度重視だ。

 もはや単純に避けることもできそうだが、無効化するというのが約束だ。


 イルヴァは重心を少しずらして、防衛魔法を展開する。

 水弾と防衛魔法がぶつかった瞬間、光が砕け、青い粒子が視界に散った。


「くっ……!」

「すごい、無詠唱であそこまで……」


 背後からのささやきが耳に届くが、イルヴァは集中を切らさずヴァールを見つめていた。

 彼がまだ諦めていないことを感じていたからだ。


「どうすれば……!」


 歯を食い締めながらも、彼は必死に思考しているようだった。

 

 彼は魔力を集めて魔法式を構築する。

 無詠唱だが、魔法式の内容から察するにそこそこ大きい水の渦を生み出そうとしているようだ。


 ーーーうーん……今度は何で無効化しようかしら。


 ふと思いついて、ヴァールが構築している魔法式に、魔力を細い糸のように流し込んだ。

 魔法式を改変して魔法の威力を縮小してみることにしたのだ。


「なっ……! これは!」


 ヴァールが動揺して、彼の魔法式が揺らいだ。

 その揺らぎに感応しきれず、イルヴァの魔力の糸がかち合って、歪んだ魔法式が成立する。

 

「あ」

「うわっ……!」


 次の瞬間、ヴァールの頭上で大きな水の塊が弾け、彼は盛大に濡れた。

 その水圧に負けたのか、彼はそのまま尻餅をつく。


 その場で座り込んでいるヴァールに近づくと、風と水の魔法で水分をすべて飛ばした。

 ぺたりと肌にくっついていた服が、洗い立てのようにふわりと風に揺れた。

 そして、イルヴァは彼に手を差し伸べる。


「大丈夫? 間違えて座標をいじってしまって、ごめんなさい」


 差し伸べた手をじっと見つめたヴァールは、その手振り払った。

 風の魔法で飛ばし損ねた水滴が、彼の前髪からぽとりと落ちた。

 彼は無言で立ち上がる。そっけない態度が、屈辱や悔しさの現れに見えた。


 ーーー怒らせたかしら。


 振り払われて、かすかに痛みの残る手を静かに引っ込めた。

 彼にもう戦意はない。勝負はついたのだ。


 イルヴァは静かに息を吐いた。さきほどまで張りつめていた緊張がゆっくりとほどけていく。


 そんな二人を見て、リングダールは試合の終了を宣言する。


「ヴァール上等兵、満足だな?」

「……はい」

「気を落とすな。彼女は歴代最高成績でキルトフェルム王立学校を卒業した天才で、フェルディーン家での実戦経験も多い。もともと勝てる相手ではない」

 

 ヴァールはぐっと唇をかみしめた。

 納得はしたくないという顔である。


「では、ここらへんで今日の行動について説明する」


 リングダールが場を締めなおすように、前に進み出た。

 それに呼応して、6人とイルヴァで彼を囲むようにして並んだ。


「ヴァール上等兵が部隊長だ。今日は基本的には全員、君の指示に従う。ヴァール上等兵は、必要だと判断したらフェルディーン大尉の助けを要請しても良い」

「……承知いたしました」


 リングダールがイルヴァの方を向いた。


「ただし、フェルディーン大尉が部隊の人間の命が脅かされると判断した場合のみ、フェルディーン大尉の宣言の元、指揮権を大尉に移す」

「承知いたしました。その場合は、魔法の行使も許されますね?」

「もちろんだ。すべての手段を使って、隊員を生還させるのが君の使命だ」

「拝命いたしました」

「それでは、他の部隊も待たせたことだから、最後に武器を選んで、出発だ」


 リングダールに言われて、初めて周囲に意識を向けた。

 いつの間にか、残りの4部隊がこちらを取り囲むように集まっていた。


 あたりをぐるりと見渡すと、こちらを見ているエリアスと視線が合った。


 目が合うと、エリアスが柔らかく微笑んだので、それに応えるように、腰のあたりで小さく手を振った。

 するとエリアスの目が何かに驚いたかのように大きく見開かれた。


 その理由が気になって、一歩踏み出しかけたところで、背後から、遠慮がちに話しかけられた。


「あの……」


 振り返ると、みどりの瞳が印象的な、小柄な女性がそこにいた。


「さ、さっきの魔法は、いったい何ですか?」

「相手の魔法式を改変して、威力を最小にしようとしました」

「改変ですか……!?」


 ざわりと周囲の空気が揺らいだ。

 他人の魔法を改変する技術は、魔法理論としての論文すら出ていない領域だ。


「ど、どうして新魔法理論の論文として発表しないのですか?」

「私以外の一人でも実現出来たら、発表しますよ? ほかの論文も全部そうして発表してきました」

「……もしかして、ご自身だけ使える魔法が他にもたくさん?」

「そうですね。魔法で大変なのは、実技より理論化して汎用化することですから」

「わ、私、フェルディーン大尉の論文はすべて読みました! ……あ! 私は サーラ・ヴィクストレムと申します」


 名前を聞いて、納得した。

 ヴィクストレム家も魔法理論の研究者を多く輩出している伯爵家だ。

 派閥違いなので会ったことはない。はずだ。


「初めまして。イルヴァ・フェルディーンです。私の研究に興味を持っていただけて光栄です」

「あの……その……えっと……。じ、実は……フェルディーン大尉とは一度、ご挨拶をしたことがあります」


 反射的に背筋が伸びた。


「……っ! 失礼いたしました」


 名前だけ名乗ればよかった。

 という後悔が顔に出ていたらしい。

 彼女は両手を横に細かく振って、慌てたように言った。


「いえいえいえいえいえいえ! お気になさらないで下さい。イクセル様を迎えにいらしたときに、ちょっとしたご挨拶しただけですので。……それでは、準備しないといけないので、これで」


 彼女はパタパタと足音を立ててその場から去っていく。

 その背を見送りながら、記憶を辿るが、イルヴァがイクセルを迎えに行ったシチュエーションが思い出せない。

 

 ーーーあとでお兄様に聞いておこう。


 サーラが去った後、イルヴァも遅れて武器庫に向かった。

 イルヴァは魔法禁止ということだったので、長剣、短剣、それから”保険”で魔法銃を腰に下げる。

 

 魔法兵団なので、魔力増幅の魔石付きのロッドを選ぶ者が圧倒的に多い。

 次点で魔法銃が選ばれている。剣を選ぶ者は少ない。


 しかしヴァールは、最初に木刀で手合わせを求めてきただけあって、長剣を持つ準備をしていた。

 彼は黙々と作業をしていて、他の隊員が話しかけずらい雰囲気が出ている。


「準備は終わったか?」


 全員の準備が終わると、リングダールが手を打った。


「では、部隊員は全員乗り込め。監督官は残ってくれ」


 隊員たちが次々と車に乗り込んだ。

 残ったのはリングダールと、イルヴァを含めた5人の監督官だ。


「今日の実習は、昇格試験の一部ではあるが、士官になる前に最低限の現場対応スキルがあるかの見極めをしてもらうことが目的だ。目に余る行動があれば、報告してほしいが、基本的に評価はしなくていい。部隊員を安全にこの場に返すことが、君たちの一番の職務だと心得ろ」


 評価しなくていいという言葉に、イルヴァはほっと胸をなでおろした。

 ただでさえ名前と顔を覚えるのが苦手なのに、今日、ほぼ初対面の人間を評価するとなると、森の魔物を一人で狩りつくすより骨が折れる。

 

「質問は?」

「おおよその部隊の配置はどのようになりますか?」


 イルヴァが質問すると、地図を手渡された。 

 古樹森林帯の地形がかかれており、配置地点に赤い文字で監督官の名前が書きこまれていた。


「フェルディーン大尉の監督する部隊が最奥」


 リングダールはイルヴァの後ろに立ち、ぽんと肩に手を置いた。

 

「そこから南東の位置にレンダール少尉」


 肩をたたかれた意図がわからなかったが、エリアスの名前を呼びながら、肩に手を置いた時点でようやく理解した。

 これは紹介も兼ねているのだ。


「南西にリンデル大尉」


 続いて呼ばれた名前の男性は、この中で最もベテランだと思われる。20代後半から30代前半ぐらいの男性だ。彼は魔法師というより長剣を持っている姿の方が似合うタイプだ。


「森の入り口に比較的近い森の南部にスティエルナ中尉」


 年齢はリンデルの次に年上だろう。細身な体で、短剣と魔法銃を下げている。

 

「最後にノールベリ少尉の部隊だ」


 残る一人は女性なので覚えやすい。

 彼女は細身の剣を下げている。


 一通りの配置の説明が終わったところで、リンデルが質問した。


「この配置はどういった理由で決まっていますか?」

「士官候補兵の強さが強い部隊が奥だ。古樹森林も奥の方が魔物が強いからな。ただ、過去にアルファウルフが出現したときは、森の真ん中から沸いたという話も出ている。スティエルナ中尉とノールベリ少尉の配置でも、強い魔物に出くわす可能性もあるから油断しないように」


 名前を呼ばれた二人の背筋が伸びた。


「有事の際、指揮権は監督官だと聞きましたが、監督官同士の指揮命令系統はどうしますか?」


 リンデルの問いに、リングダールは考えるそぶりも見せずに言った。


「フェルディーン大尉に任せる」

「え?」


 思わず声が漏れた。

 てっきりリンデルが指名されるのだと思ったからだ。


「理由をうかがってもよろしいでしょうか? 彼女とでは場数が違うと思いますが……」


 リンデルは落ち着いた声をしていた。

 ヴァールとは違い、表面上は苛立ちは見せていない。


「リンデル大尉は、有事とはどういう魔物の出現を想定する?」

「過去の例ですとアルファウルフの出現でしょうか」

「では聞くが、リンデル大尉はアルファウルフの討伐経験は?」

「2度ほどです。数十頭は倒したかと」

「フェルディーン大尉は?」

「そうですね……。数週間前にも、数十頭討伐しました」


 ひとまず、直近の事実だけを述べる。

 アルファウルフの討伐総数など、いちいち覚えていない。


「アルファウルフと戦闘した回数は?」


 これ以上聞かれないといいなと思っていたが、リングダールはそれを許してくれなかった。


「覚えていません」

「おおよそでいい」


 ここまで質問されてしまうと、嘘をつけないイルヴァは正直に答えるしかない。


「最低でも100回以上はあるかと。フェルディーン領では珍しくありませんから」


 場の空気が止まった。

 問いかけたリングダールすら、驚きで固まっている。


「100回……。なるほど。フェルディーン領は魔物が多いと聞くがそこまで……。では、フェルディーン大尉にお任せします」


 リンデルは、イルヴァの話を聞いて、意外とあっさりと引き下がった。


「話はまとまったな。では、車に乗りこんでくれ」


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