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天才魔法師イルヴァ・フェルディーンは、嘘をつかない  作者: 如月あい
3章 お披露目会

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56.another_side 先輩との出会いと、気付きと

シャルロッテ視点です


 シャルロッテ・アルムガルドは、リズベナー公国を統べるアルムガルド大公家に生まれ、常に微妙な立場の中を生きてきた。

 公式には兄とされているジルベスターは、ほとんど同時に生まれた双子の片割れで、わずかに取り上げるのが早かったと言う理由で、ジルベスターが兄になった。

 アルムガルド大公家の継承権は、男女の性別を問うことはない。フレゼリシアは男子が継ぐと決まっているようだが、リズベナー公国の主は歴史的にも性別はあまり関係ないことが多かった。


 だから、ジルベスターとシャルロッテは常に比べられ、どちらが後継者になるのかと値踏みされているような気持ちだった。


 実のところ、シャルロッテはそこまで大公家の後継者になることに執着はなかった。

 権力を得て自由を失うより、自分の目で見て外を歩ける自由さが欲しかった。


 だから、シュゲーテルへの交換留学の話が出た時、シャルロッテはすぐに留学の意思を父に伝えた。

 初めは父もシャルロッテが留学することに乗り気に見えた。


 シャルロッテは兄ジルベスターと同じく魔法理論が好きで、シュゲーテルの魔法にも興味があった。


 それに、シャルロッテが継承権を放棄するには結婚が1番手っ取り早い。そしてその相手がリズベナー公国外の貴族であればなお良い。


 シュゲーテルへの留学は、魔法の勉強だけでなく、そういったコネクション作りにも打って付けだと思っていた。

 

 しかし、なぜかジルベスターがシュゲーテル留学に強い意欲を見せ、父も丸め込んで留学を決めてしまった。


「ジルベスター!」

「シャロ? どうしたの?」


 正式にジルベスターが交換留学に決まった後、理由を問いただすべく、ジルベスターを見つけて呼び止めた。


「どうして急に留学なんて? あなたは大公家を継ぐ気なのでしょう?」

「ああ。探したい研究者がいるんだ」

「研究者?」


 思っていたのとは違う話の流れに、シャルロッテは戸惑った。

 ジルベスターも魔法理論が好きなので、魔法の勉強のためという理由を言われると思ったのだ。


「シュゲーテルには、水魔法を活用した自己治癒能力の向上という論文を書いた研究者がいる。研究者名は非公開でY.Fというイニシャルだけ公開されている。これも偽名かもしれないけれど」

「その論文は私も読んだわ」


 治癒の魔法は光魔法でなければならないといった固定概念を打ち破った先進的な論文で、魔法理論を研究するものなら、誰でも知っているような知名度の高い論文でもある。


「この理論を体系化できれば、リズベナーの医療問題が解決すると思ってさ。研究者を探し出して、できれば国内に誘致したいんだよね」


 ーーーこれは反対できないわね。国利になる取り組みだわ。


「シャロには悪いと思ってるよ。行きたかったんでしょう?」

「そうね。でも、その話を聞いたら反対できなくなったわ」


 シャルロッテも公女だ。この国の継承権のある者として、国益を優先する必要がある。

 研究者を探し出すのであれば、長子という肩書きが使えるジルベスターが行く方が良い。


 ジルベスターの配下には諜報活動に向いた人間もいるので、シャルロッテより成功する確率が高いはずだ。


「結婚相手を見つけるのには微妙だけど、魔法の勉強をする、という観点ならフレゼリシアはどう? 僕と同じ理由を言えばいい。僕からも父上に口添えするけど」

「確かに、結婚相手は無理でも、医療系の魔法が発達しているから学びは多そうだわ」

「じゃあ口添えしておくから行っておいで」



 こうして、ジルベスターの口添えもあり、フレゼリシアへの留学が決まった。

 ただ、シャルロッテが身分を秘匿したかったのと、フレゼリシア側の受け入れ準備に時間がかかったこともあり、ジルベスターの留学期間の最後の方に被るような形で、短期間での留学になったのだった。




 フレゼリシアに留学した初日、シャルロッテは学校内では身分を秘匿するために、供をつけていなかった。


 広い校内で、授業のための講義室を探していたが、道に迷ってしまったのだ。


 どうしたものかと考えていると、プラチナブランドの髪の男性が歩いてきた。

 道を聞こう、そう思って声をかける。


「すみません。少しよろしいでしょうか?」

「どうしたの?」

「この講義室に行きたいのですが……」


 講義室の場所を書いた紙見せると、男性は、にっこりと微笑んで言った。


「案内するよ。僕もこの授業を取っているから」

「本当ですか? ありがとうございます。私はシャロと申します」

「僕はイクセル。シャロは今日が初めて?」


 シャルロッテは身分を隠すために愛称を使うことにしていた。

 明らかに愛称だが、イクセルは気にした様子もなく、彼もまた名前だけを名乗った。


「はい。そうなんです」

「他の授業も教えてくれれば、大体の位置は教えられるよ」

「本当ですか? ありがとうございます」


 たまたま声をかけた人が親切そうで良かった。

 そう思いながらイクセルについて歩いた。彼は背が高く足も長いので歩幅が合うか心配だったが、ゆったりとしたペースで歩いてくれるため、とても歩きやすい。


 ふと、隣を歩くイクセルが持っているカバンが気になった。ただのカバンにやたら複雑な魔法がかかっているように見えるからだ。


「あの、そのカバンにはどんな魔法がかかっているのかお伺いしても?」

「これ? 持ってみるといいよ」

 

 イクセルはシャルロッテの質問に穏やかに微笑むと、片手でカバンを差し出した。


 持てば分かる魔法なのだろうかと不思議に思いながら、シャルロッテはカバンを受け取る。

 カバンを受け取った瞬間、あまりの軽さに逆に取り落としそうになった。


「軽い! 軽量化の魔法ですか?」

「そうそう。定着魔法でね」

「素晴らしいです! こちらはすでに体系化論文があるのですか?」

「いや、風魔法と定着魔法を組み合わせてるだけだから。良ければ教えようか?」

「ぜひ! お願いいたします、先輩!」


 食い気味に頼み込むと、イクセルは目を丸くした後、ふっと笑って言った。


「じゃあ、授業がない時間帯に。良ければお昼でも食べながらやってみる?」

「お願いします! 次の授業の後はお昼の時間ですものね」


 そうしてその日のお昼休みに教えてもらうことになった流れで、ご飯も一緒に食べることになった。

 

 教えてもらった軽量化の魔法は、イクセルの教え方はとても上手だったが、内容が高度だったため、何度か練習しないとうまく行かなかった。


 イクセルに教えてもらった日にはうまくできず、部屋で練習して後日、やっとできた時に、イクセルに披露した。


「見てください! できるようになったんです」


 軽量化魔法をかけて軽くした自分のカバンを、イクセルに差し出した。イクセルはそれを受け取ると、にっこりと微笑んだ。


「よくできてるね。重みを奪いすぎない塩梅もちょうどいい」

「先輩の教え方が良かったんですよ」

「いやいや、シャロの努力だよ。でも、役に立てたなら良かった」

「先輩は年下の兄弟がいらっしゃるのですか?」

「妹がいるけれど、どうして?」

「教え方が上手ですから、妹さんによく教えていたのかと」


 すると、イクセルが困ったような表情になり、うーんと首を傾げた。

 もしかして兄妹仲が良くなくて余計なことを言っただろうか、と思っていたら、イクセルがふとシャルロッテの表情に気づいて言った。


「あ、仲が悪いとかではないから安心して。ただ……妹に僕が教えることはほとんどなくて、妹の魔法理論を僕が他の人に教えることが多かったんだ」

「妹さんの魔法理論を? 研究者なのですか?」

「そうだね。もう何本か論文を発表しているし、頭も良くて魔法に精通していて、魔法の実技も国内最高峰なんだ。自慢の妹だよ」


 シャルロッテから見て、イクセルも魔法理論への精通度は高いし、魔法の技術力も今まで出会ったどの人よりも素晴らしい。

 そのイクセルが手放しで褒めるのだから、彼の妹はよほどできるのだろう。


「なんでもできる妹さんなのですね!」


 シャルロッテが褒めると、イクセルはまた微妙な表情になった。


「なんでも……うん、社交以外はね」

「社交以外?」

「うん。ちょっとこう……率直すぎて、シュゲーテルの社交界には馴染まないというか……」

「シュゲーテルでは婉曲表現が好まれるのですよね?」

「そうそう。妹はそれが壊滅的にできないんだ。だから友達も少なくて心配してる。リズベナーの風土ならうまくやっていけそうなんだけどなぁ」


 リズベナー公国は率直な物言いが良しとされる。国の大事を決めるのに婉曲表現を使っていては無駄が多いということで実利をとっているのだ。


 生活魔法が盛んなところも実利的なので、リズベナー公国全体としてそういう風潮がある。


 しかしシュゲーテル王国はどちらかというと真逆の体質なので、その中では、率直な物言いをしてしまうと浮いてしまうのだろう。


「リズベナーでは、むしろ歓迎されそうです」

「いざとなったら、イルヴァを連れてリズベナーに行ってみるか……」

「その時は、私に案内させてください」

「それは心強いな」



 シャルロッテは初め、フレゼリシアでの留学生活では、あまり友人を作らないつもりだった。

 身分を秘匿しているし、3ヶ月だけということもあり、交友関係を深めるよりは魔法理論の勉強に専念したかったからだ。


 しかしイクセルと魔法理論の議論を交わしたり、面白い魔法を教えてもらうに連れて、イクセルと会話するのが楽しいと思っている自分に気づいていた。

 結果、イクセルとは先輩後輩ではあるが友人と呼べる程度の関係性を築くことになった。



 また、フレゼリシア側の情報統制も厳しく、特に1番勉強したかった医療系の魔法は、留学生には開示していないと授業や本を借りるのも制約されてしまったことも要因の一つだ。


 医療関係以外の魔法は積極的に勉強するようにしたが、はっきりいって他の分野であればイクセルの話の方がよほど勉強になった。



 シュゲーテルは軍事国家で、戦闘に使える魔法が多く研究されている。

 しかしなぜかイクセルは戦闘魔法だけでなく、生活魔法にもかなり詳しく、リズベナーの研究者になれそうなほどの知識を持っていた。


 ーーー先輩は、シュゲーテルのどこの家の人なのかしら。


 自分自身が家名を隠しているので、イクセルの家名も聞けないが、シャルロッテはイクセルの素性が気になっていた。


 聞くべきか、聞かないべきか悩んでいたある日のこと。


「イクセルって、どうして長男で嫡男なのに留学を?」

「いろんな事業をやってるから、当主になるとしても見聞はあった方がいいからね」

「なるほど。比較的、自由にさせてくれるんだな」


 図書館でイクセルを見かけて、声をかけようとしたら友人たちとの会話が聞こえてきてしまった。

 シャルロッテは思わず本棚に隠れてしまう。そのまま会話に入っても良かっただろうが、会話の内容が気になったためだ。


「当主になるとしても、ということは、ならない可能性が?」

「そうだね……両親は基本的には僕を当主にしたそうだけれど、ちょっと事情があって」

「まあ、家門の事情は色々あるよなぁ。……あ! まずい! 授業があったんだった!」

「うわ!僕もそろそろ行かないと!」


 イクセルの友人たちは次の時間に授業が入っているようで、バタバタと荷物をまとめ、図書館を出て行く。


 咄嗟に隠れてしまったシャルロッテは、一度仕切り直そうと呼吸を整えた。

 流石に今出ていけば、立ち聞きしていたのだろうとバレてしまう。


 そう思い、その場を離れようとした時だった。


「シャロ? あ、やっぱりそうだ」


 優しい声が左横から降ってきて、驚いてそちらをみると、本棚の影からひょっこりと顔を出したイクセルがそこにいた。


「さっき、僕に話しかけようとして、友人がいたからやめたでしょ?」

「気づいていたんですか?」

「うん。僕もシャロと話したいと思ってたから」


 爽やかな笑みでそう言われて、シャルロッテは思わずドキッとしてしまった。


 イクセルは時々、こういうことをサラッと言う人だった。

 最初はちょっと軟派なのかとも疑ったのだが、彼がシャルロッテ以外の女性と話しているのはほとんど見たことがない。


 そうなると、この行動の意味はなんなのだろうか。


「シャロ? 大丈夫?」

「は、はい! 大丈夫です」


 ぼんやりと思考の沼にハマっていたシャルロッテは、イクセルの声かけにはっと意識を取り戻した。


「そう? それなら、ここで話す? それとも、以前シャロが行きたいっていってた、街のカフェに行ってみる?」

「カフェに行きたいです!」


 反射的に答えてから、学校外で待っている護衛はどうしようかと考えた。

 友人といる時は邪魔しないでと言っているので、おそらく空気を読んで気配を消しながらついてきてくれるとは思うが、話しかけられると気まずい。


 イクセルと何かやましいことがあるわけではないし、ここではリズベナーの公女の名前も背負っていないから、問題はない。


 とはいえ護衛に直接説明するのもなんだか気恥ずかしい気がした。


 ーーー空気を読んでくれると信じて、放置しよう。


 シャルロッテはそう決意すると、イクセルと2人でカフェへと向かうことにした。


「荷物をまとめるからちょっと待っててね」


 イクセルはそういうと、手早く机にあった荷物をまとめ、カバンの中に詰め込んだ。カバンには相変わらず軽量化魔法がかかっている。

 イクセルはそれを軽々と(多分本当に軽いが)持ち上げると、駆け足気味にシャルロッテのところに来た。


「お待たせ。行こうか」

「はい、行きましょう」


 イクセルとシャルロッテの関係性は、あえて定義するなら友人だ。

 こうして2人で並んで歩くとき、階段ではエスコートしてもらうものの、基本的には手を繋ぐわけでもなく、遠すぎず近すぎない距離で並んで歩く。


 イクセルはいつもシャルロッテの歩みに合わせてくれるので、心地よいペースで歩くことができるが、これは誰にでもこう言う対応をしているのだと思う。


 それが、少しだけ、面白くないように感じられるのは、シャルロッテがこの距離を詰めたいと思い始めているからだ。


 幸いにもイクセルとの街歩きは、護衛の邪魔は入らなかった。門を堂々と出たのでおそらく付いてきてはいると思うが、話しかけられはしなかった。


「シャロはさっきの話を聞いていたよね?」

「はい。少し聞いてしまいました」


 学校を出て少し歩いたところで、イクセルが話を切り出した。

 先ほどもかなりぼかして話していたので、イクセルにとってあまり詳細に話したくないことなのだろう。

 そう思っていたが、以外にも、イクセルは歩きながら事情を話し始めた。


「シャロには、妹の話を前にしたよね? 魔法師としては優秀だけれど、社交が壊滅的だという妹のこと」

「はい。伺いました」

「妹が結婚できないのではないか、というのが事情でね……。厳密に言うと、家格の高い家に嫁がせると、率直すぎて揉め事を起こして無駄な諍いが起きそうなんだ」


 シャルロッテの中でどんな人物像か分からなくなってきた。結婚に支障が出るほど率直というのはどう言うことだろうか。

 シュゲーテルでは婉曲表現が好まれるから、単純に男性に好かれないと言う意味なのか……。


「妹は訳ありで、それは本人のせいではないんだけど、ちょっとそれは解消できそうにないんだ。せっかく顔は美人なんだけどね……。それで、妹を当主にして婿取りしたほうが結婚の望みがあるというのが僕を含めた家族の見解で、僕は当主になるかならないかも不明でここにいるんだよね」

「先輩自身は、当主になりたいのではないのですか?」

「そうだね……妹が結婚できるなら、なるよ。でも、妹が独身を貫くことになるなら、諦めるかな。妹本人は結婚しなくてもいいと思っていそうなんだけどね……」


 妹のためなら当主の座から降りていいと言う言葉に、シャルロッテは驚いて目を丸くした。

 側から見ていて、イクセルは勤勉で、優しくて、社交的で、家門の当主に向きの資質を備えている。


 能力もありやる気もあるのに、妹のためなら手放すと言うのはどこまで家族愛が深いのだろうか。


 双子であってもシャルロッテとジルベスターはそこまでの深い絆はない。

 シャルロッテが後継者として本気を出せば、ジルベスターとは正面からぶつかるに違いない。

 ジルベスターが譲るとは思えないし、シャルロッテも自分が決めたのであれば、ジルベスターに譲ろうとは思わないだろう。


「妹さんを大切にされているのですね」

「……そうだね。できれば、あの子に人との関わりを絶って欲しくないんだ。人間不信気味だから、結婚しないと決めたら、多分研究だけして生きることになってしまう。妹がそうなったのは僕にも責任の一端があるから、罪滅ぼしの意味もあるかもしれない」

「そうですか……。でも、先輩が当主にならないとしたら、それはもったいないですね」

「え?」

「だって、先輩は当主の資質を全て兼ね備えたような人ですから」


 イクセルがふと顔を背けた。

 どうしたのだろうかと思っていると、イクセルがこちらをマジマジと見て、小さく息をついた。


「シャロって人たらしだよね」


 急に何を言うのかと思ったら、真顔でそんなことを言われて、シャルロッテは反射的に答えた。


「‥…え、先輩に言われたくありません!」

「え?」

「自覚がないのですか? 先輩も相当、人たらしだと思います」

「……そう?」


 不思議そうな顔をしているが、イクセルは明らかに人たらしの素質がある。

 たらしこまれている自覚があるシャルロッテは、大きく頷いた。


「僕は人たらしというか、単純に……いや、なんでもない」


 何かを言いかけたが、イクセルは口を閉ざしてしまった。

 ちょうど家の話が出たので、シャルロッテは気になっていたことを聞いてみることにした。


「当主になるか分からないと言うことは、先輩は……婚約はされていないのですか?」

「そうだね。誰かと婚約するときに、当主なのか婿入りするのか決まってないのは不都合だからね」

「そうですよね」


 シャルロッテはイクセルに特定の相手がいないということを聞いた瞬間、自分の心が浮き立つのを感じた。


 イクセルに決まった相手がいなくて嬉しい。

 それが、どう言う感情か、分からないほどシャルロッテは無垢でも子どもでもない。


 ここまで来たなら潔く家の名前も聞き出そう、そう決意した時だった。


 突然、程よい距離感で歩いていたイクセルが、ぐいっとシャルロッテの腰を引き寄せて恋人のような仕草をした。


 イクセルの体温と、爽やかな香りを感じて、シャルロッテは心臓が早鐘を打つのを感じた。

 驚きと共に意図を確認したくてイクセルを見ると、イクセルは見たことのない真剣な表情でささやいた。


「誰かにつけられてる。護衛とかの心当たりがないなら撒くけど、心当たりは?」

「……っ! あります! おそらく私の護衛です」


 シャルロッテが振り返ると、人混みに紛れて護衛が付いてきているのが見えた。

 イクセルが突然シャルロッテを抱き寄せたので、護衛の方も殺気だっている。

 シャルロッテは慌てて、問題ないという合図を護衛にして解散させる。


「シャロって……いや、ごめんね。突然触れて」


 イクセルはすっと手を腰から話した。イクセルは少し離れた後、なるほど、と納得するように呟いた。


「シャロの護衛だから、シャロを抱き寄せた時に殺気が出てきたのか」


 確かにそれはあり得そうだ。

 このままではイクセルがシャルロッテに無体をはたらいたと誤解されてしまうかもしれない。


「申し訳ありません。後で誤解を解いておきます」

「大丈夫。シャロが誰かに付けられているわけではなくて良かった」


 きっと付けられていることに気づき、咄嗟の判断で守ってくれようとしたのだろう。その気遣いが嬉しい。


「無駄に怖がらせてしまったね」


 感謝は伝えたいが、イクセルは臨戦モードだったのに、シャルロッテは呑気にときめいてしまっていたことは、バレたくない。


「いえ! その……庇っていただけて嬉しかったです」


 だから、少しだけまごついてしまったが、笑顔で気にしていませんという体裁を取り繕った。


 ーーー家名は聞き損ねてしまったけど、またの機会にしよう。


 

 シャルロッテはこの後、イクセルの帰国のギリギリまで家名を聞けずに、ヤキモキすることになるのだが、この時のシャルロッテが知る由もなかった。

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