被害者? 加害者?
六華は部活動を終え、竹刀を肩に担いで校門前に出た。
雛子がスマートフォンに視線を落としたまま片手を上げる。
「よっ」
「お待たせ」
「うん。けっこー待った」
「ごめんね、後輩への指導が長引いて……」
「いいよいいよー。最近私はバイトも始めて金満だからね。奢れなんて言わないさ」
それは、催促しているようなものじゃないかな。そんなことを六華は思う。
「順風亭のパフェ、奢るよ」
バイトもしていない六華には少々手痛い出費だ。
雛子は見透かしていたかのように微笑んだ。
「悪いね」
「良いってことよ」
炎天下の下三十分も待たせたのは事実だ。
償いは必要だ。
二人で他愛のない話をしながら歩く。
と言っても、もっぱら話題に上がるのは六華の兄の話題だ。
雛子と六華の兄のバイト先が一緒になったこともあり、話題に上がる頻度が前にもまして増えた。
「お兄ちゃんは紳士?」
六華が気になるのはその一点だ。
「岳志君はねー。遥さんしか見えてないんじゃないかな」
六華の腕に力が籠もる。
「今や国民公認のカップルだし」
竹刀の持ち手が嫌な音を立てた。
雛子が我に返ったように補足する。
「まあ、学生時代の恋愛なんて成就するとは限らないし」
「そうだよねー。エイミーとだって上手く行かなかったし。恋なんて儚いものよ」
「まったくそうだな」
男の声が会話に混じった。
すぐ背後からの声に、二人は驚いて振り向いて後方へと飛ぶ。
そこにはヒゲを生やし、服を着崩した、浮浪者のような男がいた。
「なあ、雛子。誘ったのはお前だ。確かに俺はそれに乗った。けど加害者は俺で、被害者はお前なんだそうだ。おかしいとは思わないか」
ああ、思い出した。
彼は確か、昔雛子が片思いしていた教師。
雛子と交際してクビになったと聞いていたが、まだこの街にいたのか。
「ここで俺は正したい。正義とはなにかを、悪を罰することによって正したい。淫魔には鉄槌を。正しき夜には正しき眠りを」
そう言って彼が取り出したのは、タオルに包まれたハンマーだった。
白いタオルがはらりと落ちて、黒い中身が顕わになる。
雛子は怯まなかった。
むしろ、後先考えずに挑発した。
「自分の歳も考えずに乗ったのが馬鹿なんじゃんか。岳志君はけして乗らなかった。十六だけど、大人として私に接してくれた」
「お前達を殺したら次はあいつだ!」
物凄い速度だった。
まるで、なにか悪霊が憑いているかのような。
しかし、それより気になることがあった。
横を通り過ぎようとした男の手を、六華は怯みもせずに掴む。
「私達の次は、誰……だって?」
男が戸惑うような表情になる。
男の腕力も中々のものだ。
しかしこうなったら、六華の腕力には敵わない。
「だから、コンビニの小さなヒーロー君よ……いてててて……やめてくれえええええ」
苦痛の声が悲鳴に変わるまでは速かった。
六華の手は男の骨を握り潰し、捻り折り、再起不能にしていた。
男は腕を抑えて転がる。
「いてえよ……いてえよ……」
「お兄ちゃんに害をなす者は私が許さない」
「六華ちゃんさっすがー」
雛子が半ば呆れたように言う。
そこに、息せき切って岳志がやってきた。
岳志は周囲を確認して、がくりとうなだれる。
「遅かったか」
「お兄は私が無事で嬉しくないの?」
六華は不満げに言う。
「嬉しいさ。嬉しいけど……」
岳志は、躊躇いがちに言う。
「お前の脳のリミッター、解除され易すぎだと思う」
雛子も云々と頷いている。
これでは自分が悪いことをしたみたいではないか、と六華は少し膨れた。
「なんにせよこれで一連の事件は一件落着だ。良くやった、六華」
六華は目を丸くする。
珍しく兄が自分を褒めてくれた。
それに、少し頬が熱くなる。
「なんのことかはわからないんだけど、それならお兄ちゃんは大会近いんだよね?」
「おう」
「大活躍、してよね」
「任せとけ」
いつだって私のお兄ちゃんは格好良いのだ。
そう思って、六華は胸を張りたいような気分になった。
地面では骨を粉砕された元教師が地獄の苦しみに悶えている。
確かに、自分でも自分の細腕からどうやってこんな力が、と思う時はあるんだよなあ。
そう思うのだけど、兄の言う通りリミッターが外れやすいらしいのでしかたない。
これも自分の個性だ。兄は頭を抱えるだろうけど、六華はそう開き直った。
続く




