彼が悪魔に魂を売ったわけ
「肘、壊したんだよ、あいつ」
その一言を、俺はやけに冷静な気持ちで受け止めていた。
野球ではよくあることだ。
特に、優秀なピッチャーは酷使される。
勝敗に拘る無能な指揮官の下では、潰される人材というのもそう少なくはない。
「それから素行が荒れだして、それと同時期ぐらいだったかな。あいつのシニアの監督が死んで。それと同時にあいつも行方不明。重要参考人として指名手配されているはずだ」
「そうですか……貴重な情報、ありがとうございます」
「お前の方はどうなんだ?」
予想外の切り返しに、俺は戸惑った。
「と言いますと?」
「高校野球、戻る気はないのか? 小さな騎士君」
俺は苦笑する。その異名はやはり気恥ずかしい。
「今は生活と草野球で手一杯ですよ。けど、そのうち、奨学金を貰って大学へ行くつもりです」
「そりゃいいや。ついでにドラフトで契約金もがっぽりもらっちまえよ」
「やめてくださいよ」
おだてないでくれ、と思う。
そして、肘を壊した境遇の彼は、こんな風にチヤホヤされる俺が面白くなかったのかもしれないな、と思う。
電話を切る。
話の内容は駄猫にも伝わっていたはずだ。
「動機はわかった」
「逆恨みもいいところにゃね」
呆れたように駄猫は言う。
「しかし問題は、何故ただの高校生だったあいつが、あんな力を持つようになったかだ」
「それは至極単純にゃよ」
アリエルは語り始める。よく通る声で。
「光あるところに闇はある。貴方が選ばれたように、彼も選ばれたということにゃ。貴方が選ばれたのが女神だったなら、彼が選ばれたのは悪魔に」
「悪魔……?」
そこで俺はピンときた。
そんな話が昔からあったなら、もっと大々的に知られているはずだ。
全ては、ここ最近に起こったこと。そういうふうにしか考えられなかった。
「駄猫よお」
「なんにゃ?」
「それってよ。天界大戦とやらの煽りなのか?」
アリエルは黙り込んだ。
そして、居住まいを正して、一つ頷いた。
金色の瞳が俺を見据える。
「そうにゃ。退魔師も、悪霊使いも、全ては天界大戦から始まったもの」
そしてアリエルはとつとつと、天上世界で起きた物語を語り始めた。
続く




