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鬼瓦光子郎

 先輩を家まで送った。

 玄関口で別れの挨拶を言う。


 そして、俺は真面目な表情で付け加えた。


「先輩」


「なあに? 怖い顔して」


「これから先輩が出かける時は、必ず俺が送り迎えしますから」


 先輩は苦笑顔になった。照れ臭いような、面倒なような。


「それはちょっとお互い窮屈じゃないかな」


「事情があるんです。しばらくは、お願いします」


 そう言って、頭を下げる。

 すると、先輩も流石に異変を察知した様子だった。


「……あの、迷宮絡みのこと?」


「はい」


 沈黙が漂う。

 フラれてもおかしくない状況だ。

 しかし、先輩は男前に言ってのけた。


「わかった。君に、全部任せるわ」


 くすぐったげに微笑んでそう言うと、彼女は別れの挨拶を切り出した。


「今日は楽しかったわ。ありがとうね。じゃあ、また」


 そう言って、彼女はアパートの一室に入っていった。

 帰り道をとぼとぼと歩く。


 相手は俺を狙い撃ちにすると宣言した。

 そうなると、俺の身近な人間が危険だ。

 一人だけでは全員はカバーできない。


 こうなると、猫の手も借りるしかないだろう。

 俺はスマホで、お世話になっている野球の先輩に、地元の有名な二刀流選手について調べてもらうよう依頼した後で家に帰った。


 家ではアリエルが歌っていた。

 心を洗うような歌声。

 こいつ、またちょっと上達したな。

 そんな風に思う。


 まあ、今までがパーティー向けの曲だったのもあるかもしれないけど。

 アリエルは俺の話を聞くと、真顔になって、一つ頷いた。


「岳志と親しい人間に守護精霊をつけるにゃ。それで、ピンチになれば私に連絡が来るはずにゃよ」


「助かる」


 この駄猫をこんなに頼りに思ったことはない。

 しかし、いよいよ状況は切迫してきたという感じだ。

 現れた黒幕。狙い撃ち宣言。皆の危機。

 漫画のヒーローならば上手く躱すのだろうが、悲しいかな俺は一般人だ。


 その時、スマートフォンがけたたましく鳴った。

 野球の先輩の名前がスマートフォンに表示される。

 俺は慌てて電話に出た。


「鬼瓦光子郎、って言うらしいぜ、そいつ」


 懐かしい。確かに、そんな名前だった。

 辛酸を舐めさせられた名前だ。


「今は野球をやってない。というか、出来ないようだ」


 予想外の言葉に、俺は戸惑った。

 そう言えば、彼も言っていたかもしれない。

 俺が五体満足に動けるのは、このクーポンの世界の中だけだ、と。

 謎は深まるばかりだった。



続く

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