先輩の退院
「いらっしゃいませー」
雛子は入店してきた客にレジで気だるげに挨拶する。
「こんにちはー」
愛想の良い客のようだ。少しサービスするか、という気分になる。
しかし、その思いは次の瞬間壊れた。
相手がここ最近自分の周囲を騒がせた存在だったからだ。
「あんた、エイミー!」
「ああ、雛子、だっけ?」
エイミーは親しげに微笑む。
白い肌に光の色彩で金にも茶にも変わる髪。
彼女の美しさが憎らしいと雛子は思う。
自分もこんな外見だったら岳志に惚れられたのだろうか。
そう思ってしまうのだ。
「こっちはあんたのせいでスマホ壊されるわ寝不足になるわで大変だったんだからね!」
「スマホ壊された?」
エイミーがキョトンとした表情になる。
「あんたの放送を聞いてあんたが泣き出したあたりで良くわかんないけど六華がスマホを握り潰したのよ」
エイミーは呆気にとられたような表情になったが、すぐに状況を理解したらしく、腹を抱えて笑い出した。
「スマホ、握り潰したって。どんな握力よ。相変わらず岳志のことになると脳のリミッター外れるんだ、六華」
「相変わらずってことは、アレは昔から?」
「昔から。私と岳志の後をいつもひっついて歩いてたわよ」
苦笑交じりにエイミーは言う。
どうしてだろう。
雛子は、自分の中に湧いてしまった親近感に戸惑った。
「岳志君はいないよ、エイミー。シフトが違う」
「今日は岳志に会いに来たわけじゃないのよ。彼の職場を見学しにきただけ。他の店にも行ってみたけど、ジャパニーズコンビニエンスストアは接客が丁寧ね」
「ふうん」
自分や木下みたいなやる気の無いバイトも沢山いるのになあ、と思う。
「で、なにかお買い求めになります~? お客様~?」
雛子は戦闘モードを維持し続けるのも疲れたので、顔見知りの気安さもあって気だるげに聞く。
「そうね」
エイミーはにやり、と微笑んだ。
「貴方と岳志の出会いでも買おうかしら」
「は?」
目が点になった雛子だった。
ちなみに、エイミーの来日について、ファンは多少減ったものの、残った大半はもう好きにやれば良いと達観した思いでいるらしい。エイミーの日本レポートは中々に好評だ。
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「先輩、こっち荷物詰め終わりました」
そう言って、俺は日用品のバックを持ち上げる。
先輩は着替え類の入ったバックを肩に担ぎ、頷く。
「ありがと。じゃ、行こうか」
そう言って、歩き出す。
今日は先輩が退院する日だ。
付添人に俺を選んだのは、誰でもない先輩だった。
二人で日光の厳しい外を歩く。
なにもしていなくても汗が滲んだ。
先輩がそっと俺に寄り添う。
そんな積極的なタイプだったっけ、と戸惑う。
いや、違う。
道行く男性に怯えているのだ、と遅れて気がついた。
今は、外に出るという行為そのものが、先輩にとってのリハビリなのだろう。
「岳志君」
先輩が出し抜けに言う。
「なんですか?」
「約束、してたよね?」
どの約束の話だろう。
「と言うと?」
「デート、しない?」
俺は、心臓が一際強く脈打つのを感じていた。
続く




