私、幸せなんだから
「愛ー、諦めるからデートだけでも頼めんか」
「やーですよ。私、幸せなんだから、今」
「そこをなんとか。これで最後だ」
「やーですよーだ」
先輩の対応を適当にこなしていた愛は、真っ青な表情のギシカに出くわしてぎょっとした。
「どうしたのよ、ギシカ」
「それがね、愛ちゃん」
沈黙が場を包む。
「私、お姉ちゃんになるらしい」
再度、沈黙。
繊細な年齢で、姉になるということの裏にあることも色々とわかってくる。
「シたのかなあ、お母さん」
ぽつり、と呟くように言う。
相手が父親と言えど生まれてこの方会ったことがない相手だ。複雑なのはわかる。
しかし、素直な愛ではない。
「そりゃ焼けぼっくいに火がついたんでしょう」
蓮っ葉に言う。
「やっぱかぁ。なんか複雑」
ギシカは溜息を吐いて肩を落とす。
「なんか、複雑な事情がありそうだな」
居合わせた先輩が気まずげな表情になる。
ギシカの母がシングルマザーなのは周知の事実。なんせ都知事だ。
「しかし政務に支障は起きないのか? お前の母親らしからぬ行動だな」
「そうなんですよね。それもショックで」
「仕方ないでしょ、そうそう会える相手じゃないんだから」
「そうなのか?」
愛は先輩をジト目で見つめる。
「先輩」
「なんだ、愛」
「邪魔」
「……だよな」
先輩は縮こまって去って行った。
「ともかく細かい部分は春歌が取り繕ってくれるだろうから、安全な出産を祈りましょう」
「私、お姉ちゃんになんてなれるかな?」
ギシカは戸惑いつつ言う。
なんとか事態を咀嚼しようとしているのだろう。
「なれるわよ。ギシカは優しいもの」
ギシカははにかむように微笑むと、小さくなった。
(やっぱ男ってこういう女が好きなのかしら)
後から春武に聞いてみよう。そう思った。
とんだ流れ弾だろう。
つづく




