私と春武のお父さんって同じなんじゃない?
「お母さん!」
和気藹々と盛り上がっている飲み会の席に挑む少女が一人。
愛である。
千紗はその背中をハラハラしながら見ていた。
エイミーが振り返る。
幼馴染の岳志の隣で上機嫌だ。
この二人、初恋の仲にして色々あった間柄だ。
そのエイミーの娘の愛と、岳志の息子の春武が、近い魔力を有している。
これは疑われても仕方がないというものだ。
しかし、当人が愛だ。
どんな切り出し方をするのかハラハラする。
「私のお父さんって岳志さんなんじゃないの!」
(うわあ)
和気藹々としていた酒場の席が一転して葬式の空気である。
皆、薄々感じていたのかもしれない。
愛と岳志には何らかの関係があるのではないかと。
「バカ言えよ、愛。俺の親父はお袋にゾッコンなんだぞ!」
「けど、冷凍精子もらったとか可能性はあるじゃん!」
その可能性には思い至ってなかったのだろう。春武は言葉を失って自分の父を見る。
岳志とエイミーは視線を交わした。
「あー……春武と愛の魔力の質って似てるもんなあ」
「疑われても仕方なかったね」
エイミーは苦笑する。
「開き直り?」
愛は笑い話じゃないぞとばかりに怒鳴る。
「いや、俺童貞だし」
「私も処女だし」
父と母の言葉に春武と愛はしばし絶句し、その後異口同音に口にした。
「……は?」
「春武。お前は両親のそういうシーンを見たくないし想像もしたくないだろうが、そういう現実はない。お前は冷凍精子で作られた子供だ」
「ハァ!?」
「愛。貴女はお父さんって存在に憧れているかもしれないけれど、そういう現実はない。貴女は処女受胎で生まれた子供なの」
「は、はぁ!?」
春武と愛の頭にたらいが落ちたのが見えた気がする。
周囲は地獄の空気。
誰もが口を挟むのを躊躇っている。
そんな中、和気藹々の岳志とエイミー。
「いやー、俺童貞の呪いかけられててな。そういう誘いがさっぱりなんだわ。お母さんは男性恐怖症が根っこにあるしなあ」
「エイミーね、貴女の前世の魂を受け入れた時にお腹に自然と子供ができたの。元々神格クラスの魔力を持っているって言われてたからそのせいかな。それで、岳志みたいな元気な子に育てよーって思ってたから、イメージが岳志よりになっちゃったのかもしれないね」
「……ハァ!?」
唖然とする二人。
いっそ不憫な。
「あー、やっと言えた言えた。墓まで持ってくか悩んだんだけどなあ」
「まさか女の子が生まれるとは思わなかった。私の未練かな」
「エイミーは中々情が深いからなあ」
「岳志は冷凍精子の提供を疑われるほど私に気安いんだよ?」
和気藹々と話す二人。
周囲は俯いて沈黙し、スポットライトが当たったように春武と愛は互いを見ていた。
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「つまり何? 私って神格の娘の神格ってわけ?」
唖然とした口調で愛は言う。
俺もちょっと動揺を隠せていない。
父親が童貞。こんな情けない話はない。
「けどこれで、俺達が兄妹だって可能性は消えたな」
愛がそれを言い出した時はヒヤヒヤしたものだ。
「消えたけど……父親いないのはちょっとショック」
愛の心境を考えてみる。
きっと偉大で優しい父性をイメージしていたのだろう。
それを喪失した。
確かにショックかも知れない。
「俺に頼れよ」
俺は気安く言う。
「言うだろ? 子供は異性の親に似てる人を好きになるって」
「遥香さんと私って似てる?」
「本好きなところは似てるなあ。後リアリストなとことか」
「なら結構信憑性あるわけだ」
愛は納得したように言う。
そして、春武の座っているソファーの隣に飛び込んだ。
「あー。ハラハラした」
「俺の台詞だ」
苦笑するしかない俺なのだった。
つづく




