デートしようぜ
「愛ー」
俺は愛の教室の扉を開けると呼びかけた。
黄色い声が上がる。
交際を公にしてないにしても疑惑の二人だ。それは騒ぎにもなろう。
教師が眉をひそめる。
「君、二年の転校生だね。今ホームルーム中だよ?」
「今日はちょっと特別なんで」
そう言って、俺は愛の机の前に移動する。
愛は呆気に取られた表情をしていた。
「デートしようぜ」
また黄色い声があがる。
「愛、あんた付き合ってたの?」
「彼氏いたのかよー」
「先輩落胆するんじゃね?」
ざわめきが教室を支配する。
愛の顔がみるみる紅潮していく。
「あんたねえ!」
怒鳴るために開かれた口を指で抑える。
「大事な話があるんだ。大事な時間にしたい」
ますます盛り上がる教室。熱狂を宥めるのに教師が大声を上げているが誰も聞いていない。
まるで動物園だ。
愛は怒気に満ちた表情をしていたが、俺の真剣な表情を見て察するところがあったのか、神妙な表情で頷いた。
「わかったわ」
「じゃ、行こう」
「何処へ?」
「ボート」
短いやり取りで通じる。
まだ短いけれど恋人の絆。長い長い幼馴染の絆。
多分こいつとは別れても腐れ縁なんだろうな。
そんなことを思い、苦笑する。
俺達は教師の金切り声を背に、興奮の絶頂に達した教室を手に手を取って後にした。
「あーあ。しばらく私の噂でスキャンダルだ」
愛がやれやれとばかりに言う。
「で、話って何? くだんない話なら蹴るわよ」
「行ってから話すよ。しばらくは、憩いの時間を過ごしたい」
俺の言葉で流石になにかあるなと察したらしい。
愛は黙り込む。
アヒルボートに乗り込む。
コンビニで買った駄菓子をつまみながら、風景の感想などを言い合う。
愛も腹をくくったらしく、楽しみ始めている。
「先輩が落胆するってなんなんだ?」
「あー、春武の前の席のあの人ね。私にほの字なの」
「マジで?」
「反応違うもん、わかるよ」
苦笑交じりに愛は言う。
「じゃあ俺、恨まれちゃうな」
「カラッとした人だから大丈夫じゃないかな。で、要件は?」
愛は悪戯っぽく俺の顔を覗き込む。
それが愛しくて、俺は愛の顔を抱きすくめていた。
「今日、決戦が起きる。それも、二つ」
「二つ?」
愛の声のトーンも落ちる。
「一つは、親父を狙う先生と俺の決戦。一つは、ギシカや辰巳達と照星の決戦」
「照星って、例の?」
「転校してきた」
愛は息を呑む。
「先生は霊気や魔力を隠す術を習得したんだ。そうなれば、親父が狙われるのは時間の問題だ」
「春武はお父さんを守りに?」
「今日のナイターが終わるまでは千砂と共に護衛につこうと思う。問題は照星だが、ギシカと辰巳と翔吾がいれば大丈夫だろう」
俺は愛の両肩を握って、顔を離す。
「ギシカ達をお前のヒールで助けてやってくれないか」
「春武はどうするの?」
「親父もいるしなんとかなるさ」
苦笑交じりに言う。
ヒール系の能力だけは才能がなかったなあ。
愛は決意に満ちた表情になる。
「わかった。一刻も早く照星を片付けて駆けつける」
「待ってるよ。それぞれの戦いを、それぞれの全力で」
愛は頷くと、目を細めた。
「ね」
「なんだ?」
「キスして」
唐突な台詞に俺は驚いて口から魂が抜けるかと思った。
「お別れのキスじゃなくて始まりのキス。私達がこれから紡いでいく物語の序章」
そう言うと、愛は目を閉じた。
俺は照準した。
幼馴染だったんだ。長らく。
恋人になったと言っても、距離が縮まった程度に感じることもある。
それが唐突にキスだ。
けど、俺は覚悟を決めた。
最後になるかもしれないと思っていた。
今キスをしなければ、一生愛を後悔させるだろう。
俺は目を閉じると、唇と唇を重ねた。
柔らかい感触に、胸が高鳴った。
愛が夢見心地で目を開ける。
「勝ってね、春武。また、デートいこ。学校じゃ噂の二人になっちゃうけど」
「熱愛っぷりを見せつけていこう。誰も邪魔できないように」
俺達はにっと微笑み合うと、拳と拳をぶつけた。
作戦開始のゴングが鳴り響いた。
つづく




