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愛しくて

「ギシカ、いつもの、やるぞ」


 いつもの、と言われて愛は困惑する。

 出鼻をくじかれた気分だ。


 演じようにも脚本が未知数すぎる。


「いつものって、なんだっけ」


「いつものはいつものだろ」


 春武は呆れたように言う。


「それともなんだ? 怖くなったか?」


「怖くなんて、ないけど」


「じゃあやろうか」


「いかがわしいことじゃないよね」


 まさか、と思いつつ問う。

 春武は狐につままれたような表情になる。


「愛もそうだが今日のお前も相当変だぞ。特訓だよ、特訓」


 内心胸を撫で下ろす愛だった。


「特訓かあ」


「いつもやってるだろうに」


 言いながら、バックを降ろす。


「チャリで行くぞ、体育館」


「わかった」


 今は流れに任せるしかないだろう。

 愛は従い、春武の後に続いた。


 体育館の電気を付けると、春武はウォーミングアップを始めた。

 愛も体を十全に動かせるように準備する。

 すごい体だな、と思う。

 朝から、少し動こうとするだけでオーバーな反応になる。


 これがハーフデビルの肉体。

 これに勝てる人間などいるのだろうか。


「それじゃ、そろそろやるか」


 春武が腰を下ろして構えを取る。

 愛は喧嘩のやり方が知らなかったが、とりあえず握り拳を作って構えた。


「行くぞ」


「うん」


 次の瞬間、春武の顔が眼前にあった。

 蹴り飛ばす。

 春武はきょとんとした表情で天井を蹴って地面に降りる。


「今日、なんか反応いいな。いつもなら一発喰らうところだ」


「そう? 今日は中身の運動センスが良いからかな」


「ふうん。一味違うってことね」


 春武の縮地。

 それは脅威だ。

 しかしあるとわかれば対処は取れる。

 愛の肉体では取れないだろう。

 しかしこれはハーフデビルであるギシカの体。

 反応速度が段違いだ。


 春武は次の瞬間また眼前に来る。

 蹴りを放つ。

 その瞬間、その蹴りを蹴って春武は後方へと飛んだ。


 ファイアアローが投擲される。

 愛は極小規模の光のバリアでそれを相殺していた。

 そして、飛び蹴りを放つ。


「甘い!」


 上から叩きつけられた。

 地面に落ちる。


「迂闊に飛び上がるな。空中じゃ回避方法がないと言っただろ。俺みたいに壁を作れない限りな」


「強いなあ」


 ここまで強いとは思っていなかった。

 ギシカの体と愛の身体能力を合わせても届かないとは。


「野球以外にもたくさん特訓、したんだね」


「俺の人生ほぼ特訓だからな」


 格好良いな、とあらためて思う。

 同級生にこんな子はいない。

 ここまで自分を追い込める子はいない。

 こういう人がプロになるのかもしれない。


 他の人とは違う人。愛が春武の性格を合わないと思いつつも諦めきれなかった理由。


「ねえ、春武。愛ちゃんのことどう思ってるの?」


 突然の質問に春武はきょとんとする。

 そして、頬を染めて視線をそらした。


「いや、その、なんだ唐突に」


「聞きたいなって、思って。アリスさんまでの繋ぎと思ってるの?」


「そんなことない。そんなことない、けど」


 胸がざわつく。

 暗雲が空を覆ったような。


「けど?」


「俺と愛じゃ合わないし無理があるだろって最初は思ってた」


 ああ、同じことを思っていたのか。

 脳天気な春武も考えてはいるんだ、と感心する。


「けど、恋人になって、あらためて見て、恋人として頼られたりしている内に、今はただ、愛が愛おしい」


 ああ。


(敵わないなあ)


 この真っ直ぐさには、敵わない。

 捻くれた愛とは違う直上さ。

 獣のような素直さ。


 動物を愛するような気持ちで愛は春武を想った。


「愛ちゃんもね、初めは上手くいかないと想ってたけど、今は春武を頼りにしてるんだよ?」


「本当かぁ?」


 心底疑わしげに春武は言う。

 本当だよ、と心の中で答える。


「後ね、私にももっと時間を使って。アウラも放任主義だしお母さんも仕事だしで、私も寂しいよ?」


「珍しいな。お前がそんな弱音を吐くなんて」


 その自分を律しすぎる傾向がギシカのメンタル面のネックだ。


「わかったよ。今日のお前からはなんか学びが多いな」


 愛はくっくっくと笑った。


「そうだろうね。互いに打ち明け話したようなもんだ」


 愛されているとわかった。

 元の体に戻ろう。心底そう思った。



つづく

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