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大事に育んで

「うー……落ち着いてきた」


 先輩は五分ぐらい経つと、ようやく冷静さを取り戻したようだった。


「それじゃあ、承諾してくれるんです?」


 俺は、思わず期待に目を輝かせて問う。


「そうがっつかない」


 先輩に窘められた。


「そもそも、なんで今じゃないと駄目なのさ。私達、まだ付き合い始めたばっかじゃない?」


 先輩が不思議そうに問うのでぎくりとする。

 流石にエイミーのお願いのことは喋れない。


「先輩しかいないって、思わせてほしいんです」


 それは、俺の本音だった。


「俺には先輩しかいないって。先輩さえ信じていれば大丈夫だって。安心がほしいんです」


「安心、ねえ」


 先輩はしばし真面目な表情で考え込んで、そのうち表情を崩した。


「そんなに君の幼馴染は魅力的か」


 俺は慌てて否定する。

 しかし、見透かされたような気持ちだった。


「いえ、そんなことは……」


「そういうことじゃんかよ。あちらに傾きそうだ。だから私に引っ張り返してほしい。そういうことでしょう?」


 俺は思わず黙り込む。

 情けない話だと思ったからだ。


「悪いけど、私達にキスはまだ早い」


 そう、先輩は淡々とした口調で言った。


「私はこの恋愛をもっと大事に育てたい。だから、もっと二人の気持ちが盛り上がった時に、最初のキスは取っておきたい。というかね、まだ私、男の人が怖いんだ。ごめんね」


「いえいえいえ。先輩をそういう風にさせた今までの男達が悪いんですよ」


 貴文みたいな奴もいたことだし、セクハラまがいのことを言う教師もいたらしいし、先輩は責められない。


「ということで、私の解答はノー。駄目かな? エイミーに傾く?」


 俺はしばし黙って考え込んだ。

 先輩にキスをしてもらえなかったのは、正直心細い。

 けど、答えはノーだ。


「侮らないでくださいよ」


 そう、堂々とした口調で言う。


「俺、先輩以外の女性、考えてないですから」


 先輩は優しく微笑む。


「そっか。君が彼氏で、本当に良かった。もうちょっと。本当にもうちょっと待ってね」


「はい。勉強頑張ります!」


「よろしい」


 そう言って微笑んだ先輩の笑顔は、本当に、地球上の誰よりも可愛く見えた。

 さて、後はエイミーだ。

 明日にはエイミーが、浴衣で迫ってくる。


 先輩と二人の気持ちが盛り上がった時のキスを少し妄想する。

 それは確かに、地球上のなによりも甘美なものに感じられた。



続く

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