キス、しませんか?
その日の夜、俺は先輩の病室を訪ねた。
先輩はもう寝るところで、体を起こして俺を出迎えてくれた。
「うす、先輩。お菓子の差し入れです」
「うむうむ、苦しゅうない」
そう言って先輩はうきうきとコンビニの袋を受け取る。
「今日はないね、君の幼馴染の放送」
先制ジャブ。
「どうしたんでしょうね。気分かな」
「遊ばなかったの?」
遊ばなかった、というのは簡単だ。
しかし、それではやましいことをしているようで嫌だ。
「遊びましたよ。アヒルボート漕いでサンドイッチ食ってました。あっちのせいで目立つんで」
「あーあ、デート先回りされちゃったなー」
あまり気にしていないようなニュアンスで先輩は言う。
その胸中は測れない。
「先輩」
俺は、そのために今日ここに来たのだ。
ここで怯んでどうする。
そう自分を鼓舞して、言葉を絞り出す。
「なんだい?」
先輩は袋の中身を確認して棚に置く。
「キス、しませんか」
先輩は俺の顔を目をまんまるにして見て、その後俯くと、顔を覆った。
「見ないで」
「え、なんで。俺、そんな酷いこと言いました?」
「顔真っ赤で見られたくない」
もっと先輩の恥ずかしがる顔が見たいです。
なんて言う大人の余裕は俺にはないのだった。
夜は更けていく。
続く




