失敗なさい
俺は夜になっても寝付けずにいた。
愛からされた告白を思い出すたびに頬が熱くなる。
けど、俺はアリスが好きだ。アリスを将来の伴侶にと今までを生きていた。
それが一日でひっくり返るだろうか。
悩む。
一日なんて言わずにもう少し考えさせてくれれば良いのに。
唸ってると、窓をノックされた。
窓からの来訪者?
俺は腰を浮かしてカーテンを開けた。
アリスが窓の外に浮いていた。
俺は窓を開けて、中に招き入れる。
アリスは鳥のように飛んできて、音も立てずに降りた。
座り込む。
「愛ちゃんに話聞いて、悩んでるんじゃないかと思って」
アリスは悪戯っぽく微笑んで言う。
「モテる男は辛いねえ」
「本当に辛いんだから茶化さないでくれ」
「貴方のお父さんもそうだった」
俺はぐっと黙り込む。
一部界隈では親父の周りの人間に未婚者が多いのは親父を忘れられないからだとの憶測があるのは事実だ。
実情は他人の息子や娘を預けられてそれどころではなかったというのが正しそうだが。
「受けなさい、春武」
アリスは真っ直ぐな目で言った。
「それって」
俺は胸が詰まる思いで言う。
「アリスを諦めろってことかよ!?」
「別に諦めろとは言ってないわ」
「……浮気公認?」
「私は恋人じゃないから浮気じゃないねえ」
アリスはからかうように言う。
「けど、俺、アリスに、俺がいい男になるまでは他の男になびかないって約束させた」
「いい男になるためにも、受けなさい」
アリスは静かな調子で言った。
「どういうことだよ……?」
俺は戸惑うしかない。
「春武、初恋ってね、大概失敗するの。理想を描き過ぎたり、自分の要望を押し付けすぎたり。相手と自分の境界線の見極めができなくなるのね。だから言う。初恋は失敗するって」
「失敗を前提に愛と付き合えっていうのか?」
それはあまりに非情ではないだろうか。
「上手く行けば上手く行くで良いのよ。二人の結束があれば不慣れな事態にも対応できるはずだわ」
アリスは真っ直ぐに俺を見る。
「本音を言いなさい。愛ちゃんのこと、嫌い?」
俺は黙って、自分の胸に手を当てる。
試合があれば見に来て、俺を信じているとばかりの視線を送ってきた愛。
普段が悪辣であろうと嫌えるわけがない。
「……俺は、愛が俺を好きなら、応えてやりたいと思うよ」
アリスは微笑んだ。
「結論は出たね」
「けど、アリスを想うまま愛と付き合うのは不誠実な気がする」
アリスは俺を抱きかかえて、頭を撫でた。
「お姉さんのことはひとまず横に置いておきなさい。子供らしい相手と、子供らしい恋愛をなさい。最初の一歩よ。お姉さん赤飯たいたげる」
俺は反論の言葉を失う。
「……子供扱い、すんなよ」
「いやいや、春武はまだまだ子供だよ。一皮も二皮も向ける余地がある。春武の身長が私の背を越えるぐらいになったら、男として見てあげよう」
「……今の俺は完全に眼中の外ってわけか」
「だね」
すがるように言って、ダメ押しを喰らう。
ぐうの音も出ないとはこのことだ。
「愛ちゃんと幸せになりな。バケモンはバケモンとして生きていく覚悟がある。あんたはそれに付き合うこたぁない」
そう言うと、アリスは窓を開けて、足をかけた。
「俺は!」
俺は叫ぶ。
「アリスを普通の女みたいに惚れさせてみせるから!」
アリスはにっと微笑んだ。
「期待してる」
そう言うとアリスは飛び立っていった。
座り込む。
一日に何度衝撃が襲いかかるのだろう。
予知に、告白に、失恋。
けど俺は、前に進もうと思う。
愛と付き合うのだ。
それが今の自分には必要だと思ったし、愛が俺を必要とするならばそれに応えたいと思った。
つづく




