まだその時じゃない
アリスはその一言で表情を強張らせた。
俺は焦る。
血を吸ってくれと言った。吸血鬼相手にそれはおかしな提案だろうか?
「いや、俺はただ、食事の礼がしたくてな。吸血鬼なんだから血を吸うんだろ? 今はあずきさんから」
アリスは気まずげに視線を逸らす。
「いやーあのーそのーね」
視線をあっちこっちに移動させる。
「まだその時じゃない」
覚悟を決めたように俺の目をまっすぐに見て、アリスは苦笑した。
「その時じゃないって?」
「私、前にね。強い魔力を持つ人の血を吸って、それからしばらく依存状態に苦しんだんだ」
俺は黙り込む。
アリスが俺に依存する。願ってもないことだった。
しかし、それは相手の束縛だ。
「だから、春武に依存するなら、この人じゃないとって思わせてくれないと。まだ、その時じゃない」
「アリスは俺の成長を待っていてくれるのか?」
「うーん」
考え込むようにアリスは視線を上に向ける。
そしてしばし黙り込んだ後、俺を見て、やはり苦笑した。
「わかったよ。待っててあげるよ」
俺は微笑んだ。
それは当分、他の男に抜け駆けされないということだ。
アリスは魅力的な容姿をしているし、ロイ・バーランドの娘だ。
それこそ引く手は数多だろう。
「絶対アリスに相応しい男になってやるから!」
それこそ、親父のような。
世界的プレーヤーになる。
昔から思っていたことだが、あらためて強く決意した。
「私としては、他の相手を見つけないかな、と思ってるんだけどね。例えば愛ちゃんとか」
「なんで愛?」
思いもしない名前に俺は驚いた。
「あいつは俺のこと嫌ってるんだぜ?」
アリスは声を上げて笑った。
そして笑いすぎて出た涙を拭うと、一言ポツリと。
「愛ちゃんも苦労するわ」
俺は戸惑いつつも、食事を再開するように促され従った。
うん? 俺今上手く躱された?
これも大人のテクなのかもしれない。
つづく




