今日、うち、人いないんだ
家族の留守中に家に誘う。それって?
それはないだろうと思いつつもついつい期待してしまう俺なのだった。
(けど、誰もいないのわざわざ言って誘うってことは……)
そういうことなのかなって思ってしまう。
アリスはスキップでもしそうな足取りで家の中に入っていく。
俺も後に続いた。
「皆は?」
「岳志さんの奢りで焼肉。もうすぐ県外遠征だからね」
「先発ローテの一角だもんなあ」
なんだかんだで既に一勝を上げている親父である。
二失点無四球完投一本塁打。
完璧な二刀流だ。
「で、アリスはなんで俺を家に呼んだんだ?」
胸がバクバク鳴っている。
アリスがゆっくりと、言葉を紡いだ。
「手料理、食べてほしくて」
肩透かしを食らったような気分になる。
しかし良いだろう。
アリスの手料理。普段あずきが作っているだろうから滅多に味わえないものだ。
俺は落差に少々落胆しつつも、嬉しい気持ちで食卓についた。
アリスが鼻歌を奏でながら具材を切る音が聞こえてきている。
「何作るんだー?」
「本格とろりオムライス」
「楽しみだ」
どれほどの出来が出てくるかお手並み拝見と言ったところか。
「昔は岳志さんの方が料理上手くてねー。正直コンプレックスあったんだ。春武に振る舞う日が来るとはねえ」
しみじみとした口調で言う。
また出てるぞ、心のオバサン。
そう内心でツッコみつつも、一々親父の話が出てくることに嫉妬してしまう俺なのだった。
あっちの方が付き合い長いから仕方がないかも知れないけど。
もしかして、アリスにとって俺は親戚の子供みたいな感覚なのかも知れない。
そう思うと、少しがっくりときた。
いかんいかん、持ち直せ。アリスの手料理の前だぞ。
気分を上向けていく。
メンタルコントロールは得意だ。
投手をやっている以上どうしても最低限のそれは必要になる。
なくてもプロになれるのは相当な才能の持ち主だ。
尤も、限られた才能を持つ者が集まるプロの中で揉まれれば、それまでにない不安さも味わうことになるのかもしれないが。
まな板の音が止まり、炒め物の音がし始めた。
良い匂いが漂う。
「ああ、春武と夫婦になったらこんな感じなのかもしれないねえ」
アリスがしみじみと語ったことに、俺はどきりとした。
「いつかは私に勝てる日が来るのかしら」
愉快げに言う。
俺が勝ったら付き合う。そういう約束だ。
けど、アリスの飛行能力はずるいんだよなあ。
チートだ、チート。
「空を飛ぶのなしにしようぜー」
テーブルに突っ伏しつつ唇を尖らして言う。
「そしたら私、ボコボコにされちゃう」
「未来の恋人をボコボコになんてしないさ」
「じゃあどうやって勝つつもりなの?」
押し黙る。
アリスはくっくっくと笑った。
勝負、つく日は来るのかなあ。
「身長で私を追い抜いたら考えてあげるよ」
意外と好感触。
成長期だからまだ可能性はあるよな。
「言質取ったぞ」
「ICレコーダーで録音した?」
「する暇もないよ……」
やっぱからかわれてるのかな、と思う。
フライパンを返した音が数度して、アリスが皿を持って歩いてきた。
「はい、召し上がれ」
ケチャップライスの上に包まれた卵焼きが乗っている。
「横に切って」
指示されるがままに横に切れ目を入れる。
皮が開いて半熟の中身がとろりと下にかかった。
「完璧だよ、アリス」
そう言った俺の目は輝いていただろう。
「先生対策大変だろうから、力つけなよ」
そう言ってアリスはご機嫌で向かいの席に座る。
「アリスの吸血問題って現在はあずきさんなんだっけ?」
「そだよー」
「じゃあお返しだ」
俺は意を決して言っていた。
「俺の血、吸わないか?」
アリスは目を丸くした。
つづく




