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先生の脅威

 俺は辰巳を庇ってその前に立った。

 先生と対峙する形になる。

 拳法の構えをして呼吸を整えている先生。


 その鋭い瞳に射抜かれて、背筋が寒くなった。

 直感で悟っている。


(こいつ、俺の見たことのない景色を見たことがある……多分、もっと過酷な)


 自分より先に相手が到達しているという感覚。

 この時点で、俺は押されていた。

 刹那の顔が脳裏に浮かぶ。


 俺だって厳しい修行をこなしてきたんだ。

 見てきた景色の数がどうだ。

 人生経験が豊富なだけの大人にはけして負けない。


 俺は縮地を使って相手の腹に拳を突き立てようとした。

 その瞬間、腹部に衝撃を覚える。

 カウンターの一撃。それが俺の腹に深々と突き刺さっていた。


 縮地での移動が速い分ダメージは重い。

 しかし、先生本人に攻撃力が乏しいのか総合的な威力はそこまでといった感じだった。


 拳を振る。

 相手は首を反らしただけで避ける。

 そこに追撃の足払い。


 相手は片足を上げて躱す。

 俺は目を見張る。


(こちらの攻撃が見えているのか……!?)


 六階道家の身体能力向上術を使っての体技は常人を遥かに凌駕するスピードだ。

 それを読み切っている。

 しかし、相手の体勢は崩れている。

 ゴリ押せる。

 そう思って突き出した拳を相手はふんわりと受け止め、後方に着地する。


 今までの敵と違う。

 そう結論付けた。

 認めよう。今は相手のほうが経験値が上だ。


 俺は一旦距離を置いた。


「今はあんたの方が強い。けど、超えて見せる。辰巳、今回は共闘だ!」


 愛のヒールが終わったのだろう。辰巳が立ち上がる。


「そうだな」


 先生は微笑ましげな表情になった。


「ふむ。遠近両方からこられるのが流石に分が悪いな」


「分が悪くとも受けてもらうぜ。なにせあんたが黒幕だ。あんたを倒せば全て終わる」


「それじゃあ、これはどうかな」


 そう言って、先生は手を掲げた。


「ドーム内の潜在的な悪霊憑きが、指を鳴らした瞬間一斉覚醒する」


 場に緊張が走った。


「君達は私を逃す他に手はないと思うが?」


 悪霊憑き。

 人知を超えたその存在は一体でも通常の人間を喰らうというのに、この野球観戦の場で大量発生でもしようものなら。

 悲惨な末路は避けられない。


 沈黙が場に漂った。


「その言葉の根拠は?」


「探ってみるが良い。注意深く探知すれば微量ながらに悪霊憑きの者が何人もいるはずだ」


 悔しいが、従う。

 確かに、いる。


 勝てる。

 辰巳と俺が組めば、こいつを押し切れる。

 もしくはギシカがいれば。合体して身体能力で押し切れる。


 しかし、観客達を犠牲にすることになる。


 俺は歯ぎしりして拳を降ろした。


「わかった。行けよ」


「ありがとう。理解の速い子は好きだよ」


「先生、あんた、本当に悪人だったのかよ!」


 辰巳が口惜しげに訊く。


「違うな。私は真の平等を望む者だ」


 そう言うと、先生はゆっくりと歩いてその場を去っていった。

 超えてやる。絶対にあいつを。

 俺は胸にそう固く決意していた。



つづく

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