エイミーとの思い出
あの後、三つわかったことがある。
エイミーとかいうイカれ女が俺との婚姻届を所有しているということ。
そのイカれ女が近々俺に会いに来日するということ。
そのイカれ女のスマホのアドレスが何故か俺のスマホに登録されているということ。
「なにこれ、こっわ」
怖気を感じながら呟く。
どういうトリックだ。
エイミーって誰だよスイミーかよって友達にツッコまれた記憶はあるのだが、どうやって登録に至ったのかどうしてか思い出せない。
とりあえず俺は、渦中の人物であるあずきの家を尋ねることにした。
「岳志君、エイミー、海外向けに説明配信やってる!」
「そのイカれ女が?」
「猫みたいに可愛い子だよ?」
「顔見知りでもない相手に求婚するのはサイコパスっていうんですよあずきさん」
遠い目をして言う。
「ともかく、来て」
手を引かれる。
画面では、金髪碧眼のアバターが流暢な英語で喋っていた。
「あー、俺、英語、全然ダメで」
「仕方ないな、翻訳してあげよう」
「できるんですか?」
「TOEIC900点台」
無駄にハイスペックだよなこの人。一般企業でも大成したんじゃなかろうか。
「今までは普通に驚かせて悪かったって謝罪してたよ。けど長いこと考えてたことだったとも言ってた」
「長いこと……?」
「そっか、岳志君はまだ見てないんだったね。婚姻届の字、子供の字だったよ」
「子供の字……?」
子供時代、エイミー。
なにか、小さな子供のシルエットが浮かび上がってきた気がした。
「あ、核心を喋り始めた」
あずきは身を乗り出して聞き耳を立てる。
「小学生時代、私は日本の北国の町にいた。そこで私は迫害されていた。まだ国際交流が今ほど活発じゃなかった時代。金髪碧眼の私は悪目立ちして、さらに浮気の子ってことがバレて、その土地の大人にまで苛められていた」
浮気の子……なにか、聞き覚えがあるような。
「帽子を深々と被って外見を隠して、校庭のブランコに座って遊ぶ子達を眺めてた。所謂ぼっちだね。HAHAHA」
「ちなみにこいつ、何人ぐらい登録者いるの?」
今もぼっちなら悲惨だ。
「二百万人」
天上人だった。
「そこに現れたのが小さな騎士君でね。一人じゃつまんないでしょ、遊ぼうよって。それで、私は言ったんだ。私はこんな髪だし、一緒に遊んでたら悪目立ちするよって」
そこで、脳裏に鮮明に蘇った。
おずおずと取られる帽子。
風に揺られる麦色の髪。
日の当たる角度で金にも茶にも変わる髪。
それを、綺麗だと思った。
一目惚れだった。
彼女が、エイミーか。
確かに、何度も遊んだ。
「彼はこう言ったの。そんなの、気にしねえよって。そして、私には友だちができた。私は彼と、彼の妹と、何度も遊んだ。彼はエイミーは綺麗だって何度も言って、私はそのおかげで、自尊心が芽生えた。それは今の私に繋がっていると思う」
ジトリとした目であずきは俺を見ていた。
誰にでもそういうこと言うんだ、と言いたげだ。
俺は思わず視線をそらした。
初恋だったのだ。仕方ない。
「別れの日。私は日本人になりたいと言った。そしたらずっと日本にいれるのに、と。なら、結婚しようと彼は言った。そして、二人で婚姻届を書いた。子供同士の拙い手で。これが私の宝物。大事な記憶。大事な思い出。だからね」
そこで、エイミーは凄んでみせた。
「邪魔をするなら姫様だろうとなんだろうと、容赦しないから」
そこでエイミーはあるコメントに目を留めて、目を点にする。
「日本じゃ十八歳になるまで男子は結婚できない……?」
いきなりエイミーはトーンダウンする。
「流石に日本政府に喧嘩は売れないや、HAHAHA……どうしよう」
初恋の相手は、想像以上にポンコツだった。
しかし、どうしたものだろう。
忘れていた初恋が今更追いかけてきても、今の俺には先輩がいるのだ。
エイミーを無下には出来ない。
懐かしい思い出話に花でも咲かせ、上手いこと思い出は綺麗なままにという論調に持っていき、上手く誤魔化すしかあるまい。
井上岳志十六歳。
この歳から汚い算段に思いを馳せていた。
「上手く誤魔化そうとしてるみたいだけど」
あずきは見透かしたように言う。
「乙女の純情は怖いわよー」
あずきはそう言うと、一つ苦笑した。
不吉な予言だった。
続く




