見たな?
電話を受けると、愛は親族の事情でと言って部活を抜け出た。
愛の特技はヒール。回復呪文だ。
母譲りの天性の魔力を持つ愛の回復能力は瀕死の状態の人間でもたちどころに元気にする。
一大事らしいと言われて指定された場所に行ってみれば、ひっくり返った車の側で春武が何処かで見たような少女の手を掴んで捕まえていた。
「いやー、殺さんといてー!」
少女は悲鳴のような声を上げている。
「いや、殺さない殺さない。ただ記憶を消去してもらうだけだから」
「その響きがもう怖いんだってー!」
ちょっと肌の接触点に視線が行き、イラッとしつつ愛は問う。
「これ、どういう状況?」
「春武の縮地とキックを、第三者に見られた」
ギシカが困ったように言う。
愛は頭を抱えた。
春武も天性の高い魔力がある。それをフルに駆使したとすればひっくり返った車の説明も行くだろう。
しかしそれを目撃されるとはなんたる失態。
彼の父ならけして侵さなかったミスだ。
「とりあえず私は誰をヒールすれば良いわけ?」
「あーん新手がきたあ」
少女は悲観するように言う。
「もう辰巳に助けてもらう。霊力なら辰巳にだってあるんだから」
そう言って少女はポケットからパネルフォンを取り出す。
「待て!」
春武が叫んだ。
「辰巳も、俺達みたいな力を使うのか?」
少女は、しばし疑うように春武を見ていたが、そのうち恐る恐る頷いた。
「うん。先生に教わったんだもの」
「先生って、誰だよ」
「知らない人」
少女は困ったように言う。
愛は再び頭を抱え、ひとまずは事態の収集に動くと決めた。
「春武、その子は私が見てるから車を路肩にどかして。私のヒールが必要な人はギシカが運んで。その子は千紗の意見を訊いて決めましょう」
「そうだな。とりあえずこれを片さなきゃな」
春武が我に返ったように動き出す。
ギシカが頭から血を流している失神している人々を運び出す。
「ヒール」
魔力を一振りすると、青ざめていた人々の表情が一瞬で安らいでいった。
つづく




