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アリスはどう思っているんだろう

 自分の移住をアリスはどう思うだろう。

 それがかねてよりの懸念ではあった。


 ストーカーみたいに思われたらどうしよう。

 そんな思いがある。

 悩みつつも、かしまし三人娘は俺を先導していく。


 そして、駅の入口を抜け出た時のことだった。


「六階道!」


 背後から名字を呼ばれて、俺は振り返る。

 何処かで聞いた声な気がする。


 すると、眼の前に軟式球が迫ってきているのがわかった。

 避けたら愛に当たる。

 咄嗟にそう考え、キャッチする。


「ひえー、凄い反射神経」


 少女が言う。

 どうやらボールを投擲した少年とつるんでいるようだ。

 かしまし三人娘も何事か、と振り返る。


 今のは速かった。百四十キロ台出ていたかもしれない。


「相変わらずだな、六階道」


 そう言って少年は微笑んだ。

 ああ、なんだ。そう思った。

 見知った顔なのだ。


「お前こそ相変わらずだよ、辰巳」


 辰巳は悪戯っぽく微笑むと、近づいてきた。


「え? 軟式球?」


 千紗が戸惑うように言う。


「投げたの? あの人」


 ギシカも目をパチクリとさせている。


「春武が避けたら私に当たる角度じゃん。あっぶないなー」


 愛が憤慨したように言う。

 彼女達が視界に映らぬかのように辰巳は近づいてきて手を差し出した。


「東京へようこそ」


「……歓迎にしてはお前の直球は手荒すぎるぜ」


 俺は苦笑して相手の手を握った。

 権堂辰巳。十五歳以下の日本代表チームに一緒に選抜された中だ。

 辰巳は先発兼外野、俺は抑えを任されていた。


 正直言って、俺より一步先んじた存在だ。

 しかし辰巳は辰巳で俺を一步先んじていると考えているのがことをややこしくしている。

 辰巳は手に圧力をかける。


「これからよろしくな」


 俺も圧力をかけ返す。


「こちらこそよろしくな」


 二人して唸り始める。

 周目の中、少年二人が手に全力をかけてどちらが上かを競っている。


「辰巳ー、それぐらいにしときなって」


 少女が呆れたように言う。


「全体練習遅れちゃうよ?」


 辰巳が手を振りほどいた。


「そういやそうだ。じゃあな、六階道。うちのチーム、来いよ」


 そう言うと辰巳は、バックからユニフォームを取り出して、俺に向けて振った。


「善処するよ」


 苦笑してそう言って、俺は辰巳の背を見送った。


「バッカみたい」


 愛が呆れたように言う。


「男同士の友情なんだよ、愛ちゃん」


 ギシカが興奮した様子で言う。


「……気のせいかな」


 千紗が神妙な表情で言う。


「なにがだ?」


 俺は痛くなった手を振りながら問う。


「あの一瞬、あの子の居た方向から魔力を感じたような……」


「馬鹿言えよ」


 俺は苦笑して歩き始める。


「悪霊憑きでもあるまいし」


「ああ、悪霊憑きならそこにいる」


 そう言って、千紗はベンチに座っている俯いた中年男性を指す。

 確かに、探知してみるとその気配がある。

 場の気温が数度下がった気がした。


「流石大都会東京、出迎えが手荒いぜ……」


「大丈夫だよ」


 そう言って俺の肩に手を置いた人物が居た。

 アリスだ。

 彼女は日傘を差したままふわっと宙を浮くように歩いていくと、中年男性の肩に手を置いた。

 その瞬間、悪霊が彼女に吸われ、溶けていくのがわかった。


 吸血鬼。吸い取る存在。

 彼女の異質さをまじまじと見せられた瞬間だった。


 彼女は振り向くと、純真無垢な笑みを浮かべた。


「いらっしゃい春武。ここが昔君のお父さんが若い頃ホームにしていた東京だ」


「その……歓迎してくれるのか?」


 アリスは戸惑ったような表情になる。


「なんで?」


「いや、その、だったら嬉しいなって」


 その場に沈黙が漂った。

 それを破ったのはアリスの豪快な笑い声だった。


「私が春武を嫌がるわけないじゃーん。散々人に求婚しといて今更照れるなって」


 そう言って俺の肩をバシバシと叩く。

 そして、ふと真顔になった。


「もしかして、ナーバスになってた?」


 俺は表情を保っていることが出来ず、アリスの腕に抱きついた。


「あ、ごめんねごめんね。春武、勇気出して来てくれたんだね」


「……そういうの、マジでいらない」


 お母さんか、お前は。

 俺は苦笑して、アリスから手を離すと、柔らかく冷たいその掌を掴んだ。


「行こうぜ、アリス。今日はお前の奢りで俺の歓迎会だ」


「え~。フリーターにそんな余裕ないよ」


「学生はもっとカツカツっす」


 千紗が苦笑して肩を竦める。


「育ての親が富豪な癖に~」


「そういうアリスさんこそ姉はがっぽり儲けてるっしょ」


 アリスの姉エイミーと千紗の育ての母あずきはあずエルミーというユニットを組むVtuberなのだ。

 儲けていることだろう。


 俺は微笑んで、目いっぱいに手を引いて、不安のあまり滲んでいた涙を誤魔化した。


「ばっかみたい」


 愛が呆れたように言って、それが俺達には妙にしっくり来たので、俺は思った。


(来て良かった)


 こうして、東京初日は愛しい人達と共に過ぎていくのだった。



つづく

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