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別れ

 刹那は夜遅くに帰ってくると、ダイニングで一人飲み始めた。

 その背中にはどこか哀愁が漂っている。

 俺は、声をかけることが出来ずにいた。

 実の親子ではない。けど限りなく親子に近い関係。


 そんな刹那を裏切ってしまったような後ろめたさがある。


「春武」


 刹那が呟くように言う。


「気づいてたのか」


 俺は困惑しつつ言う。


「そこまで耄碌してないからね」


 刹那はそう言うと、コップをあおった。

 背中越しにその表情は見えない。


「東京、行くんでしょ?」


 刹那は淡々とした口調で切り出す。

 その怒りの籠もらぬ様子が逆に怖い。


「う、うん」


「じゃあ、無理だけはしないようにね」


 話は、それだけだった。

 俺はただそこに立ち尽くしていた。

 刹那から救いの手はない。


 実の親子ならばなにか変わっていたのだろうか?

 そんなことを思う。


「俺、無事帰って来るから」


 刹那のコップを持つ手が止まった。


「無事に帰って来たら、真っ先に刹那のとこに来るから、だから」


 見捨てないでくれ。

 そんなことを思う。

 実の息子ではないけど、息子のように育ててくれた刹那。

 彼女からの愛情を失いたくはない。


「なに言ってんのよクソガキ」


 刹那はそう言って振り向く。

 苦笑顔だった。


「当然でしょ? 困ったらいつでも私を呼んで良いんだから」


 そう言うと、刹那はもう一口酒を飲んだ。

 許可は、得た。

 互いに、納得できた。

 ならば、良い別れだと思う。


「行ってきます、刹那」


 母さん、と言いたかった。

 けど、出来なかった。

 その一言が相手を追い込むとわかっていたから。


「行ってらっしゃい、春武。そういうとこ、お父さんに似てきたわね」


 そう言うと、刹那は俺を抱きしめた。

 愛されている。

 その実感が、実の親子じゃなくても俺の心を立させてくれていることがわかった。



つづく

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