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私の王子様になってくれますか?

 あずきは雑談配信の真っ最中だった。

 隣の部屋からクッキングパパのオープニングソングが聞こえてくる。

 アリエルのものだ。


 視聴者もそれに気がついたのかざわつき始める。

 アリエルちゃんの声じゃね? クッキングパパ? 相変わらずチョイスが渋い。


 しめたものだ。あずきはにいと微笑んだ。


「それじゃちょっと、呼んでこよっか」


 視聴者は興奮の坩堝に陥った。

 アリエルは一部の視聴者の好奇心を鷲掴みにしているのだ。


 岳志の部屋の扉をノックする。


「私だよーアリエルちゃん。開けてー」


 しばらくして、アリエルが出てきた。

 いつも通りの黒一色の服装に、細い三つ編みに金色の目。


「なんにゃ? なんのようにゃ?」


「こっちに来てクッキングパパ、歌わない? 投げ銭貰えるわよ」


 アリエルの目が輝く。


「たんまりかにゃ?」


「そりゃもうがっぽがっぽよ。懐メロメドレーなら五万は固いわね」


「五万!」


 アリエルの脳裏に欲望が駆け抜けたのがわかる。

 アリエルはスキップするような歩調でホイホイとついてきた。


「行くにゃ行くにゃ」


「そうこなくっちゃ」


 席に座り、歌唱用マイクの準備をする。


「アリエルちゃんのご登場ですー」


「オッスお前ら、元気してたかにゃ?」


 コメント欄の勢いが一気に良くなる。

 アリエルが違和感に気づいたように表情を変える。


「この所々に混ざってる雑魚エルってなんだにゃ?」


「あー……それはね」


 時たま登場しては懐ゲーで雑魚死しては去っていくアリエルを雑魚エルとあげつらう論調も出始めているのだ。

 最上位がクソ雑魚エルなのはこの際黙っておこう。


「まあどうでもいいにゃ。私の美声で今日は一味違う私を見せてやるにゃ」


「こんな時のためにバックサウンドは用意してあるわ。後は音に合わせて歌ってね、アリエルちゃん」


「わかったにゃ。汚名挽回にゃ」


 それを言うなら汚名返上なのだがこの際黙っておいた。

 本当、この子は天然でこれなのだからネタとして美味しいなと思う。


 BGMが流れ始める。アリエルが歌い始める。

 見事な歌声だ。

 色々なVtuberの歌を聞いてきたあずきだが、あっという間に心を鷲掴みにされた。


 見事な声量に透き通った声。

 この子は本物かも。

 プロデュースすれば化けちゃうかも?

 そんな下心が湧く。


 そんな時、アリエルの動きがピタリと止んだ。


「テレビサイズしか知らないにゃー!」


 そう言って泣いて、アリエルは去っていった。

 テレビで放送されている部分は知っていても二番は知らない。また、テレビサイズと原曲は違う。よくある話だ。


「えー、今度アリエルちゃんとはカラオケに行ってみっちり鍛えたいと思います」


 雑魚エル、クソ雑魚エル、ほんとあの子おもろい。と面白がるコメント欄を見つつ、あずきは金の卵を見つけた気分でいた。



+++



「カーテン」


 先輩が呟くように言う。


「どうしました?」


 俺は問う。


「カーテン、閉めてくれるかな。なんか、眩しいや」


「お安い御用ですよ」


 そう言って、俺は座っていた丸椅子から立ち上がり、カーテンを閉めた。

 あずきの両親は既に見舞いに来ている。その際、挨拶をした。

 これ以上ないほど礼を言われ、ついでに先輩の父が今後の進路を尋ねてきて先輩と先輩の母に窘められるという一幕もあった。


「なんだか、大変なことになっちゃったね」


 先輩は弱々しく、しかし愉快げに苦笑する。


「コンビニの小さなヒーローって前科がありましたからねえ……二度目ともなれば騒がれるかと」


「三度目はないかな」


「もう懲り懲りです」


「私もだ」


 そう言って、二人して苦笑する。

 呼吸が合っているのが、居心地がいい。

 今に始まったことではない。

 コンビニで長い時間を駆けて培った空気感だ。


「私ね。男の人、苦手だった」


 しばしの沈黙の後、先輩は俯いて言う。


「先輩ほど美人ならちやほやされてそうだけど」


「胸大きいから。先生にまでセクハラめいたこと言われて」


 ぎくりとする。


「だから、この歳まで恋愛経験ないし、男の人を警戒して生きてきたの。笑えるでしょ?」


「……笑えないっすよ」


 俺は目をそらして、どういう表情をしたものかわからず言う。


「けどね、ある日、バイト先に子犬みたいな子がやってきたの。最初は皆同情だった。不器用だわ物覚えは悪いわやることは雑だわ。すぐに適正がないって辞めるだろうって皆陰口叩いてた。けど、その子根性だけはあったのよね。どうにかレジ打ちと品出しぐらいはできるように仕上がって、皆感心してた。私も、愚直なその子にはいつの間にか気を許してた」


「羨ましいな、そいつが」


「君だよ」


 先輩はくっくっくと笑う。


「愚直で不器用で雑で物覚えが悪くて、けど根性と根気だけはある。君でしょ」


「あ、俺か」


 あっはっはと笑って誤魔化す。

 なら、自分は本当に相当先輩に近い位置にいるのだなと思う。


「その子は、命をかけて私を助けてくれた。その時、私もこの子のためになにかしてあげたいと思った」


「それで、高認ですか」


「うん。それで、その子は私の危機をも救ってくれた」


 俺は黙り込む。今回の件だろう。


「生まれて初めてだった。完全に、異性として意識しちゃった」


 俺は数秒遅れてその言葉の意味を理解した。

 頬が熱くなる。目眩がする。

 なんて魅力的な響きだろう。


「私の、王子様になってくれますか?」


 先輩は、弱々しく手を差し伸べる。

 俺は、その手を取って握りしめる。


「俺で良ければ」


 先輩はにこりと微笑む。


「良かった。私がよくなったら、デートとか、行こうね」


「ええ。色々な場所へ行きましょう」


 この日、俺は。

 世界で一番大事な人に受け入れられ、世界で一番大事な愛を得た。

 親に愛されなかった自分には過ぎた幸せだった。



+++



 その日の夜、あずきは海外Vtuberエイミー・キャロラインとコラボしていた。

 エイミーは日本人と米国人のハーフで、日本在住時代もあり、日本語が堪能なのだ。


「で、さ。話題になってるんだって? 姫の小さな騎士君」


 海外勢にしては珍しい話題を振ってくるな、とあずきは少し怪訝に思った。


「なになにー? 海外でもそんな有名になってるの?」


「んにゃー。個人的に興味深いニュースだっただけ」


「気になるじゃない。そっち先に教えてよ」


「ネタバラシをするのはそちらが先だよお姫様」


「むー、ケチだなあ」


 あずきはしばし思案した。


「実はね。彼がコンビニの小さなヒーローって呼ばれてた時代なんだけどね」


 暴露話だなあと思いつつ語る。


「個人的に会ったことがあってね」


 コメントの勢いが増し、一気にざわつく。

 皆、興味津々といった様子だ。


「駅のホームで押されてバランス崩しかけた私を、彼が鍛えた筋骨隆々とした腕でがっしりキャッチ。お礼に近くの喫茶店で食事奢ったってだけの話なんだけど」


 まあ誤って押したのも彼なんだけどそれはこの際伏せておく。


「ともかく前向きでねー。元気もらえたわ。あの出会いがなければあずきの存在はなかったんじゃないかなあ。で、小さな騎士君だったね。連日大放送だよ。今じゃ彼がやってる草野球大会まで放送されるんじゃないかって噂されてるぐらい」


「そこまで話題になってるんだ」


 エイミーの目が大きく見開かれる。


「じゃあ、彼が結婚するってことになったらもっと大騒ぎになるかなあ?」


「そりゃ、今のタイミングじゃ火にダイナマイトだね」


「HAHAHA、ドカーンだね」


 そして、エイミーは本当にダイナマイト級のものを投下してみせたのだった。

 あずきはしばし思考が停止した。

 エイミー側から表示された画像。


 それは婚姻届だ。

 男性欄には井上岳志と子供の字で書かれていて判が押されている。

 女性欄にはエイミーキャロラインと書かれていて判が押されている。

 タチが悪いことに保証人欄にも岳志の母らしき人物の筆記がある。


「私、エイミーは、この際来日して井上岳志君と夫婦になります」


 コメント欄が滝のように速くなった。

 この日、Xのトレンドにエイミー、結婚がランクインした。

 渦中の岳志は今頃病院でのほほんとしていることだろう。



続く

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