六階道春武
英雄達によって、巨悪は人知れず討たれ、世界は平常運転に戻った。
それは、その後の世界の物語。
俺は六階道春武、中学ニ年生。
野球部に所属している。
喧嘩が強いということで有名で、しばしばこのような状況に追い込まれる。
デパートの一角。周囲には大柄な男達。
父親譲りの小柄な俺は見下される形になる。
父親も高校で伸びたと言うし俺もそうなることを祈るばかりだ。
「おう、春武。監視カメラがあるここじゃお前も手を挙げれねえだろ」
「俺達に拳がちょこんとでもぶつかりゃ部に迷惑がかかるもんなあ」
溜め息を吐く。
次の瞬間、俺は縮地を使って男達の間を駆け抜けた。
男達は倒れる。
「な、なにが……?」
倒れた男が痙攣しつつ言う。
「正味弱すぎ」
俺は吐き捨てるように言うと、その場を後にした。
後方で悲鳴が聞こえたが気にしないことにする。
しかし、今のは自信になった。
今なら勝てる気がする。彼女に。
「刹那ー、東京行きたいー」
家に帰るなり育ての母にねだる。
「アメリカは良いの?」
刹那は苦笑交じりに言う。
両親に会え、と言うのだろう。
「夫婦水入らずに邪魔をするのもなんだろ」
「そんなことないわよ。二人共貴方を愛してるのよ? だから私に貴方を託した」
「耳タコだよ」
耳糞をほじりながら言う。
「このクソガキ……」
刹那は溜息混じりに言う。
「良いわ。もうすぐGWだしね。存分に行ってらっしゃい。野球の練習は欠かしちゃ駄目よ」
「俺もなれるのかなあ、プロ野球選手に」
「強豪校でニ年生にして四番でエース。これ以上なにを望むの?」
「周りのやつが大した事ないだけだよ。球だって百四十キロ出ない」
「それはまだまだ貴方が成長期なだけ」
「けどプロで成功してる二世選手ってそんなにいなくない?」
「……リアリストなのは遥香さん譲りで、頑固なのは岳志譲りだねえ。まったくもってクソガキなんだから」
苦笑交じりに頭を撫でてくる刹那である。
クソガキクソガキ言われるが、それは自分が生意気だからと俺は自覚している。
それ以上の愛情をもらっているから。
本当は、刹那を母と呼びたい。
けど、怖くて呼べない。
その辺りの曖昧な関係を象徴する一言が、クソガキという愛情を込めた皮肉なのだろう。
刹那なりに俺の実母の立場を失わせないために距離感を保とうとしている。
それが、少しだけ寂しい。
「東京行っといで。また挑むんでしょ、あの子に」
「うん!」
俺は弾んだ声で言った。
東京には彼女がいる。
俺の恋する彼女が。
つづく




