輪廻
雷撃が少年を襲ったのは唐突なことだった。
追いついてきたヴァイスが、少年にトドメを刺したのだ。
模造創世石を使った人間への処罰として。
「ヴァイス、貴様!」
「俺は自分の役割をこなしただけだ」
淡々とそう言うと、ヴァイスは歩みを進めた。
そして、地面に散らばった模造創世石の破片を一つ、一つ念入りに潰していく。
そのうち、一つの幻影がその場に浮かび上がり、ヴァイスは動揺した。
「貴様、まだ、生きて……」
少年の幻影が、光り輝いてその場に漂っていた。
「俺は……死んだのか? 何も成さぬまま。何も残さぬまま」
「そうだ。貴様は死んだ。その無為な人生に終わりを告げたのだ。皆そうだ。人生に意味など見いだせぬ、ただなんとなく時流に乗せられて老い、死ぬ」
ヴァイスは槍を少年に突きつける。
「さっさと消えろ!」
「おいで」
エイミーが優しい声で言っていた。
「私のところへ、おいで」
少年が目を見開く。
「良いのか?」
エイミーは頷く。
「出会いに助けられた者同士、目一杯可愛がってあげる。次の人生じゃリア充に育て上げてあげる。だってそうじゃない。私の子供が暗くなりようがないじゃない」
「けど、挫折するかもしれない……」
「大丈夫だよ。一緒に乗り越えてあげる」
エイミーは手を差し出す。
その手を、恐る恐る少年は握った。
光が走って、エイミーへと吸収されていった。
「……どうなったんだ?」
俺はエイミーに問う。
「これで、子供を作らなくちゃいけなくなっちゃった」
エイミーは苦笑交じりに言う。
「彼はまた生まれてくるよ。私の子供として」
そう言って、エイミーは俺を見上げた。
ならば、三方丸く収まったということで良いのだろうか。
ヴァイスから庇うようにエイミーを背にする。
ヴァイスはしばし沈黙していたが、模造創世石の破片を再び砕き始めた。
「俺の仕事はこれとこれを作った者の処理だ。来世にまで責任は持てん」
肩の力を抜く。
「長かったシュヴァイチェ事件もこれで本当の本当に終わりか」
その場に座りこむ。
「ご苦労さまにゃ」
アリエルが苦笑交じりに言う。
「明日は試合だ。早速帰るぞ」
「そのことなんだけど、お兄」
「なんだ? 六華」
「私はここに数日滞在しようと思うよ」
思わぬ言葉に俺は戸惑った。
「仕事は良いのか?」
「気になっていたことがある。魔界の政治。ギシニルが確立した今なら改善案も色々出せる」
「そうか……帰ってこれるのか?」
「私も残るにゃ」
アリエルが言う。
「これで解決にゃろ?」
「まあ、お前達がそれで良いなら良いが……良いのか? ギシニル」
「お前の妹だけはある。言い出したら余計な口出しだと言っても聞かん」
ギシニルはやれやれとばかりに言う。
「わかった。じゃあ、二度と会わないよう祈っとくよ」
「俺もだ。もう魔界に騒動はいらんのだ」
どこか疲労の滲む声で言うギシニルであった。
以前はなかった責任が彼の肩にはのしかかっているのだろう。
「じゃあな、皆。俺達は、一足先に地上に戻る」
そう言うと、俺は門に向かって歩き始めた。エイミーも続く。
「父親については考えてなかったなあ」
エイミーがとぼけた調子で言う。
俺はぎくりとして振り返る。
「じょーだんだよ、じょーだん」
ケラケラ笑いながら言いうエイミー。心臓に悪いからそういうのやめてくれ。
けどやるんだろうな。
そこらも俺とエイミーの食い合わなかったところだ。
出会ったけど手放してしまったところ。
けど、出会いで培った強さは互いの中に息づいている。
「帰ろう、俺達の世界へ」
「うん」
上機嫌に言うエイミーだった。
+++
六階道春武はテレビを眺めていた。
画面に映るのは父、井上岳志。
高そうなスーツに身を包んでいる。
アメリカ人の記者が話しかけ、それがリアルタイムで通訳される。
「さて、今日という日を迎えられてどういう気分ですか?」
父は英語で返す。
「最高の契約だと思います。その額に見合った働きを皆さんにお約束します」
別の記者が挙手する。
父の隣に座っている男性がそれを指す。
「新天地でも二刀流を?」
「できるならば」
「投手に専念した方が良いという声もありますが」
「偉大な先駆者と同じです。やれる間はやろうと思います」
「ついにメジャー挑戦だね、お父さん」
刹那が背中から声をかけてくる。
「一緒についてっても良いんだよ? 遥香さんも観念してサポートに専念するって言ってるしさ」
「いい。刹那さんと一緒にいる」
そう言って、春武は刹那に抱きつく。
刹那は不意打ちに押されて一步を引いたが、その頭を撫でた。
「そうだね。ここで鍛えて、そのうちお父さんを超えようね」
「超えられるかな?」
「勿論だよ。子供にはね、無限の可能性があるんだよ。私はそれを最大限発揮させてあげる」
自信たっぷりに刹那は言う。
「さ、行こう」
そう言って二人は抱き合ったまま歩いていく。
テレビでは父が、日本で印象に残ったことを聞かれていた。
「一言では表すのが難しいな。あえて言うなら出会い、でしょうか。私は息子にも出会いを通じて強くなってほしいと思います」
出会い。
知っている。
エイミーと父の出会い。アリエルと父の出会い。刹那との父の出会い。
昔語に何度も聞いた。
自分にも待っているのだろうか。人生を決定付けるような出会いが。
「ねえ、刹那さん」
春武はためらうように問う。
「その出会いって言うのが、自分にとって最悪なものだったら?」
「そのために鍛えるんだよ。心身共にね」
春武は頭の中でその言葉を反芻した。
そして、一つ頷いた。
「僕は色々な人と出会って、あの人を超えるよ」
「お父さん、でしょ」
刹那は苦笑して春武を突くと、抱き上げて外へと連れて行った。
テレビの質疑応答シーンはまだしばらく終わりそうになかった。
井上岳志編、完
つづく




