決戦の火蓋
「退いてくれ」
今までで初めてだ。
パーカーの男が、理性の宿った静かな声で言った。
何処か狂騒的だった彼の見せた静けさ。
心身共に充実した状態にあると見て良いだろう。
「彼女を蘇生しなければならないんだ。そうしないと、俺が積み上げてしまった犠牲が報われない」
「退けないな」
俺は淡々と言っていた。
「君にとってその人がどれだけ大事かはわからない。けど、世界を歪めてはならない。君だけに特別ルールは与えられない。そして、君が負うべきは犠牲の代償だ」
「そうだな。都合の良い話だ」
パーカーの男も淡々とした口調で言っていた。
そのフードが脱がれ、素顔が顕になる。
俺も六華も目を丸くした。まだ十代の少年だ。
自信なさげに目を逸らしている。
「けど、俺は押し通ろうと思うよ。あんたを犠牲の一つにしても」
逸らされていた目が、じっと俺を見た。
そして、揺るがなかった。
それだけで、思いは伝わった。
俺は両手に双剣を再び召喚する。
「此処から先は命のやり取りだぞ」
「わかってる。覚悟の上だ。それでも俺は彼女を蘇生しなければならないんだ」
「何故……」
俺の呟きに、少年は疑問符を顔に浮かべる。
「何故その優しさを、他の犠牲者に向けてやれなかった」
「簡単だよ」
少年は目をそらさずに苦笑する。
儚い微笑みだと感じた。まるで人肌で溶けてしまう雪のように。
「世界が俺を憎悪したからだ」
そう言うと、少年は飛びかかってきた。
縮地に匹敵する速度だ。
シュヴァイチェは六人を同時に相手取った。
それを思えば、俺とタイマンを張るなんて想定された手だろう。
しかし、俺だってこの七年で鍛えた。
「六華、下がってろ!」
そう言うと、俺も縮地で相手との距離を詰めた。
決戦の火蓋が切って落とされていた。
つづく




