移動する気配
順当に開幕投手に選ばれた俺は、京セラドーム大阪で投球練習をしていた。
オープン戦からなのだが、ストレートは走っているしスプリットも自由自在に操れているという自信がある。
今年も行ける。そんな確信があった。
練習の後、念の為神秘のネックレスを首に装着する。
その時、遠くに模造創世石の気配を感じた。
慌てて刹那に電話する。
刹那は即座に電話に出た。
「もしもし、岳志? 今君の子供が泣いてて大変なんだよ」
すっかり和んだ様子の刹那。
そこに、悪いと思いながら緊迫感の滲む声で言った。
「気配、感じないか」
向こう側の気配が変わったのがわかる。
刹那は魔力を探知に当てたのだろう。
体内に魔力を循環させるという特性上外へ放出する、つまり探知のような能力があまり高くないのが刹那のネックだ。
しかしそれでも一般人とは比肩にならないほどの探知能力があるのだが。
刹那は数秒で答えた。
「感じる。それも上空」
「移動中ってことだな。俺はナイターに向けて動けない。探り当てといてくれるか」
「やってみる。おーごめんねごめんね」
刹那は俺の子供に声をかけつつ電話を切る。
静寂が周囲を包んだ。
その日の俺は、険しい表情で試合に望むことになったのだった。
ともかく、試合を早く終わらせなければ。
イニングの合間にも神秘のネックレスを装着する。
また、気配。
上空からだ。
また、移動している。
進路は東へ。
東京を目指しているのか?
焦りが滲む。
「岳志、どうした」
監督が声をかけてくる。
「いえ、なんでもないです」
俺は神秘のネックレスをポケットに入れると、眼の前の試合に集中した。
これも勝負だ。油断はできない。
応援してくれる人々の為にも、今は任された場所を。
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「井上選手、ネックレスですか? 首に巻いて外しましたね」
「ええ、彼のお守りなんだそうですよ」
「お守り。ジンクスということですか」
「ですかねえ。神憑り的な成績を残してきましたから、験を担ぐような傾向にあるのかもしれませんね。おっとまた三振。今日の井上選手はハイテンポ。鬼気迫るような表情で投げています」
「ここまでノーヒットですね」
「おっと……確かに五回までまだヒットを許していません。制球力の高い井上、これは完全試合も視野に入るか? と、ちょっと揺れました?」
「揺れた気がします。結構大きいですね」
「七年前を思い出しますね。あの日も揺れたものです」
「富士山の上に赤い霧のようなものが集まった日ですね」
「ええ、女優のエイミーさんが意味深な発言を残したことでも有名なあの日。あの頃井上選手は軟式王子として名を馳せていました」
「またなにか異変が起きなければ良いのですが」
「おっと井上また三振。打者は完全にスプリットに翻弄されています。試合は六回に続きます」
つづく




