そう言えば千紗ってどうなったんだろう
そう言えば千紗ってどうなったんだろう。
アリエルが保護した親に束縛された少女。
あずきが育てるという話になっていたはずだ。
しかし、預けたまま様子を見に行っていない。
そのまま自主トレが始まったものだから、俺は気も漫ろにチームメイトと時間を過ごしていた。
なんとなく、練習の帰りにエイミーに電話をかけてみる。
東京にいて、あずエルミーの構成員であるエイミーならば事情を知っていると思ったのだ。
「自分の息子より先に他人の子供?」
エイミーが呆れたように言う。
「いや、そういうわけじゃないんだ。ただ、あいつは男でまだ赤ちゃんだし遥香のチェックもあるからあずきさんに任せても心配ないわけで」
「私達女なんだけど? 女の子預かるのになにが問題があるのよ」
「それはあずきさんの趣味がだな……」
まさか、あずきにゴスロリ趣味があると公言はできない。
そう思い、俺は思いとどまった。
「まあ、あずきさんが色々な服着せて遊んでないかって不安がある」
「ああ、色々服を買い与えてるみたいね。最初は恐縮しっぱなしって感じだったわ」
「特殊な服は含まれていないな?」
「……岳志。私岳志のこと嫌いになりそう」
あ、エイミーに酷い疑いをかけてると思われてる。
「問題はあずきさんなんだよ。例えばコスプレとかさせてたら大問題じゃないか?」
「それはそれであずきをどう思ってるの? 岳志」
戸惑うようにエイミーは言う。
こいつは知らないのだ。あずきのひた隠しにしている趣味を。
俺も、あずきが昏倒した時に、彼女のパソコンをアリエルが悪戯しなければ知らなかったのだから。
「それなら今から訪ねて動画撮ってきてあげるわよ」
呆れたようにそう言って、エイミーは電話を切った。
まあ俺にも責任の一端があるからな。看過はできない。
そのうち、エイミーから動画が送られてきた。
『私こんなに食べられないよ』
『またまた、千紗ちゃんは遠慮して。育ち盛りに食べないと成長できないわよ』
『けど……』
千紗は小さい声で困ったように言う。
『遠慮しない、しない。誕生日なんだから』
上機嫌にあずきは言う。
俺は映し出された動画を見て絶句していた。
ホールケーキに唐揚げとキャベツが山盛り。ご飯も漫画盛りだ。
俺の時でもここまで酷くはなかったぞって量だ。
『あずき……素直にこの子困ってるんだと思う』
エイミーが恐る恐るといった感じで言う。
『そうなの? 千紗ちゃん』
あずきが不安げに言う。
その瞬間、千紗は思い切ったように言う。
『そんなことない、いただきます!』
そう言ってジブリ映画の登場人物のように勢いよく食事を摂り始める千紗。
必死の形相だ。
「……アリエルの奴はなにやってんだアリエルは」
きつく言ってやらないといけないと思いつつも、千紗の顔色は以前より良い。
以前はもっと、周囲に臆しているような雰囲気があった。
それが、安定した愛情を注がれ、自信を持っている様子が伺える。
とりあえずエイミーにお前がストッパーになってくれと頼んでから、アリエルを叱ってやるか。
そう思い、俺は苦笑した。
(このままじゃ将来フードファイターだ)
あずきは愛情の矛先を求めているのかもしれなかった。
結婚して養子なりなんなり取れば良いのに、と思うのだけれど、俺の周囲には未婚の女性が多いとふと気づく。
全員容姿端麗なんだけどな。
もしかすると、俺の入れないライングループでは、あずきが結婚するまで結婚しないという条約でも結ばれているのだろうか。
それについてメールを送ると、こんな返事が一つ。
『朴念仁』
俺、なんかしたかなあ。
まあ問題は解決だ、とすぐにメールのことを忘れた。
明日からは練習に集中できそうだ。春季キャンプは近づきつつある。
順当に行けば開幕投手だろうが、それを順当にするのが今の俺の責務だった。
つづく




