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姫の小さな騎士

 俺は怒り狂っていた。

 血反吐を吐いて六華が地面に倒れていることも。

 あずきが首根っこを掴まれて顔を変色させていることも。

 先輩が意識混濁状態で倒れていることも。

 怒っていた。


 だから、俺は貴文の影から現れた悪霊ではなく、貴文本体への攻撃を敢行した。

 レベルアップで得た脚力で一瞬で貴文の懐に入る。

 そして、あずきの首を絞める手を握り潰した。

 骨が粉々になる音がする。

 貴文はうめき声を上げ、泡を吹いて気絶した。


「ヒール」


 俺は唱える。

 六華とあずきと貴文の顔色が良くなる。

 貴文にもかけたのは、けして同情からではない。

 俺は貴文の髪の毛を引っ掴んで、上半身を引き起こした。


「誰の指図だ」


 凄んで見せる。


「ここまで俺を誘い出す算段を立てといて、誰の指図だって聞いてるんだよ」


「わけ、わかんねえよ」


「女どもよ」


 貴文の影から浮かび上がる悪霊が厳かな声で言う。

 そう言えば、サキュバスがインキュバスがどうこう言ってたっけ。

 インキュバスはウィンクした。


「この若い男を捕らえよ。戦闘不能にせよ」


 まずい。これではさっきの再現だ。

 しかも、相手が身内な分なおさらやり辛い。


 しかし、あずきも、六華も、先輩も、は? と言った感じで身動き一つしない。

 インキュバスは戸惑うように一歩を退く。


「馬鹿な。チャームが通じないだと? 貴様ら、その歳で、もう心に固く決めた相手がいるというのか?」


 なるほど、さっきサキュバスのチャームが俺に効かなかったのもそういう原理か。

 鬱陶しいので、俺はインキュバスを膾切りにした。

 インキュバスは音もなく砂になった。


 レベルアップの表記が出ないことに俺は戸惑う。

 サキュバスの時もそうだった。


 駄猫に訪ねてみる。


「アリエルー。最近俺レベルアップしないんだけど」


「それは、岳志が最初に強敵を倒しすぎたにゃ」


 アリエルは呆れたように言う。


「最初に二十三十とレベルアップしたものだから、今更雑魚を倒した程度じゃ経験値が足んねーにゃよ」


 なるほど。RPGで終盤に最初の町近辺で敵を倒しても大してレベルが上がらないのと一緒か。


「で、だ」


 俺はしゃがみ込み、頬笑む。

 そして、貴文の指を折った。


「黒幕は誰だ」


「ひいい、だから、俺は、なにも知らな」


 二本目の指を折る。


「本当だ、本当、勘弁してくれ」


 三本目と四本目の指を折る。


「わかった。わかったよ!」


 根負けしたように貴文は言った。


「鋭い目つきの男。ヴィジュアル系みたいな髪型をしたまだ少年と言って良い年頃の男。ケタケタと独特の笑い声をしてた」


 アリエルを見る。

 アリエルは、一つ頷いた。


 俺は、貴文にヒールを唱えると、バトルフィールドを閉じた。

 貴文は、悲鳴を上げて逃げていく。


 その後が大変だった。

 先輩は意識混濁状態。

 病院で救急車を呼ぶが、どうしてこうなったか問い詰められるのは自明の理で。

 そうなるとあずきの保管する貴文の音声ファイルを提出するハメになったのだった。


 コンビニの小さなヒーローとの相乗効果で今回も先輩を守った俺の株はうなぎ登り。

 今回は、姫を守る小さな騎士、なんて扱いで、前よりも深く掘り下げられていたりする、らしい。

 らしい、というのは、俺が先輩の病室の前にいて一睡もしていないからだ。


 先輩が寝入ってから一日が経つ。

 今どき飲みすぎて死に至る量の睡眠薬は処方されないらしいが、それでも目覚めるまで時間がかかるケースはあるらしい。

 途中、あずきが手作りの弁当を持って、アリエルと共にやってきた。


 三人で弁当をつつく。


「そう言えば、あずきさんの想い人って、誰なんですか?」


 あずきにもインキュバスのチャームは通じなかった。

 誰か想い人があるという理由だ。

 あずきは悪戯っぽく微笑んで、箸を口元に置いて宙空に視線を向けて思案すると、数秒の沈黙の後、言った。


「秘密、かな」


 苦笑顔だった。


「羨ましいな、そいつが」


「またまた。君にはいるでしょ。大事な人が」


「ま、そうなんですけどね」


 ははは、と二人で笑い合う。


「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」


 そう言うと、あずきは駆け去って行ってしまった。

 急だなあと思いつつもその後姿を見送る。


「ううん……」


 部屋から悩ましげな吐息が漏れた。

 俺は立ち上がり、弁当を置いて病室に駆けいる。


 先輩が、ぼんやりとした表情で目を覚ましていた。

 ばつの悪そうな表情をしていた。


「なんで後つけてたのって叱れないじゃんか。ずるい」


「もう目を覚まさないかと思いました」


 俺はそう言って、先輩の手を握ると、目から涙が出てくるのが抑えきれなくなってしまった。

 先輩は微笑むと、力の入っていない手て、その頭を撫で始めた。


「ありがとう、私の王子様」


 この事件が、後から思えば俺達のターニングポイントだったのだと思う。

 大人と子供。そんな印象が根っこにあった俺達は、この瞬間から互いを異性として完全に意識した。



+++



 貴文は裏路地で菓子パンを食べていた。

 今の貴文は今やお尋ね者だ。


 一方の岳志は連日の朝のニュースで取り上げられお茶の間のヒーロー。

 遥の放った、彼は私の王子様です、との一言は今年の流行語大賞になるのではないかとの評もある。


 本当は自分がこうなるはずだったのに。どうして。どうして。悔いはつきない。


 ケタケタケタ。


 闇の中に笑い声が響いた。


「インキュバスを失ったようだね」


 いつの間にか、背後に少年が立っていた。

 慌てて、立ち上がる。


「なんなんだよ! あんたの計画、粗だらけじゃねえか!」


「おやおや、責任転嫁かい。で。喋ったのかい?」


 貴文は黙り込む。

 ケタケタケタと笑い声が響く。


「償いは命でいい」


 そう言うと、少年は貴文の首を素手でちぎり取った。


続く

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