漂う気配
物の数十分で北陸に着いた。
我ながら化け物じみている。
それで体力が切れていないときたものだ。
この神秘のネックレスをつけて試合に登板したらどんなことになるだろう。そう思う。
多分ソニックブームが起こって捕手打者審判共に死ぬな、と肩を落とした。
「久々だねえ。八番食ってく?」
「本懐を忘れるな」
そう言ってエイミーを降ろす。
「取り敢えず俺が連絡取るから、エイミーは気配探知頼む」
「了解……濃いなあ。中々わかんないや」
そう言ってエイミーは首を傾げる。
俺はスマートフォンを取り出すと、以前連絡先を交換した同級生に連絡した。
「もしもし。あいつ今どうなってる?」
「あいつって?」
「エイミーに粘着投稿してたあいつ」
「ああ」
失笑が聞こえた。
「あんなんバレたら田舎にいれるわけねえじゃん。トンズラ漕いた後もあちこちで見つかって逃げてるよ」
あんな奴がそんな目に遭えば逆恨みもしような、と俺は納得する。
「それで、あいつの最後の足取りは何処だ?」
「ああ、それはな……」
その時、エイミーの気配が変わった。
我に返ったような、妙に静かな表情になったのだ。
「もしかして……」
「なんか思い当たる節、あったのか!?」
俺はスマートフォンを耳から離して大声を上げる。
その時、頭上に星が煌めいた。
それはみるみるうちに近づいてきて、人の形を成した。
「ヴァイス!」
俺は咄嗟に臨戦態勢を取る。
「今回も俺が模造創世石を回収する。お前は天に帰れ!」
「ほう、ならば差し出して貰おうじゃないか。渡す相手がヴァレンティでも私でも変わるまい。破壊するという結末は変わらないのだ」
無感情にヴァイスは言う。
線のくっきりとした浅黒い肌と黒曜石のような短髪。
「回収したらすぐに渡す! だから、持ち主に制裁を加えるのはやめろ!」
「なにを言っている? お前は既に模造創世石を傍に置いているではないか」
「……なにをわけのわからないことを」
俺は唖然とする。
手元にはなにもない。周囲にもグラウンドしかない。あるのはエイミーと少し離れた場所に校舎だけ。
「その娘が模造創世石になりかけているのだ」
そう淡々と告げられた言葉に俺は愕然とした。
そんなことってあるのか?
「有名人が誰しも模造創世石になれるわけではない。しかし、その娘は人間の身でありながら崇拝を受け神格に至った。タガを外されたのだ。その信仰が膨大になればなるほど、模造創世石――すなわち現世の理を変える存在に近づく」
そう言ってヴァイスはエイミーを指す。
「俄には信じ難いがな。まあ件の駄猫の実例もある。さあ、差し出せ、その娘を」
ヴァイスは珍しく苦い顔になって言った。
俺は狼狽えていた。
本体そのものが模造創世石になってしまった場合、どうすれば乖離できる?
生命活動を停止させる以外に手はないのか?
時間は刻々と過ぎていく。
ヴァイスはずいっと手を伸ばした。
「さあ、差し出せ!」
怒鳴り声に、俺は珍しく気弱になっていた。
勝負師を自称してるんだろう、なにか思いつけ!
そう思うのだが、こんなケース中々ない。
模造創世石と本体の一体化が進んだらどうなるか。
想定していた最悪のケースに酷似していた。
つづく




