少女の願い
アリエルが先導して進んでいく。
その後を俺はついていく。
「確かに濃くなってきたな」
正直、面白くない。
確かに、気配は濃厚になりつつある。
こいつに感じ取れて、何故自分に感じ取れないのか。
魔力は俺のほうが高いというのに。
「そう不貞腐れることはないにゃ。多分この子は、私に助けてほしいって思ってるにゃ」
「それならそうと伝えれば良いんじゃないか?」
「自覚していないストレスってものもあるにゃよ」
俺は疑問符を浮かべる。
アリエルの背中はまるで
「わかってないにゃねえ」
と言っているかのようだった。
ますます面白くない。
お前とその相手の絆のようなものはなんなのだ。
それは、俺より優先されるものなのか。
全く持って面白くない。
そのうち、俺達はアパートの一室の前に来た。
アリエルが魔力を全開にする。
その周辺百メートルだけ、時間の流れが周囲と変わった。
アリエルは扉を開ける。
「こんにちはー」
「はーい」
玄関に女性が出てくる。
穏やかな表情だ。
「あら、宅配じゃないんですね。なにか御用ですか?」
奥には旦那らしき男がいる。
そして、座り込んで唖然とした表情の少女。
「君を探しに来たよ」
アリエルは微笑みかける。
少女は顔を真赤にした。
「あ、あ、あ、アリエル……」
「アリエル!?」
女性の表情が驚きに染まる。
「ああ、ああ、お前、確かにアリエルさんだよ。井上選手も」
男性は動揺しているのか目を見開いて頬に手をやった。
アリエルは余裕のある歩みで中に一歩を踏み出した。
「入らせてもらうにゃよ」
「あの、なんの御用でしょうか!」
女性が、思い切ったように大声を出す。
それで、我に返ったように男性も叫ぶ。
「我が家にはなにもありませんが!」
「なあに、軽い用にゃよ」
そう言ってアリエルはしゃがみ込むと、少女の頭を撫でた。
「お嬢ちゃん、金色に光る石を持っているね?」
少女は頬を染めて唖然としたが、無言でこくこくと頷く。
「それを私にくれたら、私の部屋で好きに暮らしていいよ」
少女は目を丸くして、母親の様子を見た。
一同、固唾を飲んで少女の返事を待った。
好きに暮らして良いってなんだ?
こんななんの変哲もない場所から少女を奪うのか?
それを俺は自分の息子を刹那に育てさせる自分達夫婦の身勝手さと重なって見えた。
「アリエル! 血縁には超えちゃいけない境界ってものがある!」
「けど、このままじゃ」
アリエルは呟くように言った。
「潰れるにゃよ、この子」
そう言ってアリエルは女性を睨みつけた。憎々しげに。
模造創世石を使うまでこの子を追い詰めたのはお前だ、とでも言いたげに。
俺は多少混乱していたかもしれない。
「良いのか? あんた」
固まっている男性に話を振った。
「良いはずがない。この子はうちの大事な子だ……けど……」
「けどってなによあなた!」
女性が急にヒステリックに怒鳴ったので俺は驚いた。
男性は慣れているかのように即座に返す。
「いや、アリエルさんがこういうのもお前に問題があるんじゃないのか!」
それが怒鳴り声だったもので俺は若干気圧された。
もちろん、それは年端のいかない少女にはとてつもないプレッシャーになるだろう。
それを意にも介さず怒鳴り合う大人というのは違和感があった。
「あ、そういうことか、アリエル」
俺は納得したように唖然とした口調で言っていた。
「推論だったけど、正しかったにゃ。今みたいなことを、ずっとこの両親はやってきたのにゃ」
そう言って、少女を抱きしめたアリエルだった。
つづく




