喜ぶ奴は誰だ?
「お前と恋仲になって喜ぶ奴は誰だ?」
俺は真剣に訊ねる。
アリエルは真っ直ぐに俺を見て言う。
「皆」
大真面目に言う。
俺は天を仰いだ。
「俺、知名度あるつもりだけどお前レベルまで自意識過剰にはなれないわー」
こっちも大真面目に言う。
「本当にゃ。作詞家作曲家視聴者ファン老若男女皆私に憧れてるにゃ。スタイル的には中性的だし」
確かにこいつは若くて細い。
ずいっと顔を前に出してそう言うアリエルの額を、俺は何度も指先でつつきつつ答える。
「あ・ず・き・も・お・前・に・惚・れ・て・る・と?」
言葉のテンポでリズミカルに叩く。
アリエルは顎に指をあてて天を仰いだ。
「そうにゃね。あずきや岳志は例外にゃ。それ以外は大体私に惚れてる感じだと思うにゃ」
(侮っていた……)
俺の知らないうちにこいつは成功体験でおかしくなっていた。
莫大な名声は彼女を天狗にし自意識の化け物にしていた。
ここまで来ると怪物だ。
俺には手の施しようがない。
有り体に言えば全部投げ出したい。
「じゃあわかった。世界を捻じ曲げるほどお前と結ばれたいと願う奴は誰だ?」
「うーん」
アリエルは顎に指を当てたまま考え込む。
そして、十数秒の時が流れた。
「わかんないにゃ。私、人間の機微には疎いにゃ」
脱力。思わずその場に崩れ落ちる。
これがアリエル属の総本家。
大雑把さのスケールが違う。
「じゃあ最近あずきが接触した相手を洗い出そう。パソコンのパスワード、わかるか?」
「あずきのパソコンで一緒に配信することもあるから多分わかるにゃ」
目敏いやつ。
しかし、一縷の望みが繋がった。
俺は立ち上がると、アリエルにあずきの部屋に案内してもらった。
茶色の防音壁で包まれた日差しの差し込む部屋。それがあずきの部屋だった。
パソコンにはマイクやキャプチャボードなどが並んで接続されている。
アリエルはキーボードを何度か叩いて、最後に心地よい音を立ててエンターキーを押した。
ログイン画面からデスクトップがウィンドウに表示される。
予定帳が確認できた。
しかしアリエルはなにを思ったかインターネットブラウザを開いた。
履歴を迷いなく開く。
「あずきはガードが硬いから中々見れなかったにゃ」
音符でも付きそうな声で言う。
「お前、こんな時に……」
「いいにゃいいにゃ、景気づけにゃ」
可哀想にあずきさん。
こんな場合でも馬鹿をするこいつなんかに付き合ってきて。
「ほーほー。リュウジのバズレシピのハードリスナーにゃね。お、自分の出てるアニメも開いてるにゃ。もう三年も前の物にゃね」
「……その火曜日の下から二番目はなんだ?」
「ゴスロリ衣装アストラル」
沈黙が部屋を漂った。
アリエルは無言で履歴からページを開く。
そこには、人形のように可愛らしい格好をしたゴシックロリータの女性が映っていた。
無言で二人の視線が一点に注がれる。
衣装棚。
「……予定帳に戻るか」
「そうにゃね」
アリエルはパソコンに視線を戻してインターネットブラウザを閉じると、予定帳を開いた。
「ビンゴ」
上機嫌に言う。
俺も微笑んだ。
最近のあずきの接触した人間がすぐに分かる。
直にあったのは某大手企業のエグゼクティブ・プロデューサー相楽大輝だけだ。
他はリモートと書いてある。
リモートワークのことだろう。
「こいつがお前を想ってるのか?」
「そんなわけないにゃー。こいつは五十過ぎで妻子がいるにゃよ」
「頭ん中じゃお前を引っ剥がして楽しんでたのかもしれん」
「……男ってそういうもんにゃか?」
皆が自分を娶りたがっていると言っていた割には初な感想である。
「一括りにするな。けど性欲強い奴は強いんだよ。男女関係ないだろ? 女だって露出趣味の奴がいるじゃないか」
「うーん、度し難い」
アリエルは腕を組んで考え込む。
「奥さんがいて子供がいて何故満足できないのか」
「冷遇されてるのかもよ。出世してるってことはそれだけ家庭を顧みていないってことだからな」
俺や妻のように、と言外で自虐する。
俺達は冷遇しあってこそいないが、仕事に夢中で子供のことは刹那に託そうとしている駄目親なのである。
「誰かさんのことみたいにゃね」
図星を指されて苦笑する。
「伊達に付き合い長くねーなあ」
「嫌な腐れ縁にゃ」
手足を投げ出して言う。
「んじゃ、こいつを呼び出してくれ。模造創世石の気配が強くなってくるか感じてみる」
「わかったにゃー。まあ私が直に会いたいって言えば近づいてくるにゃ。場所はサテンで良いにゃ?」
「うん、構わん」
俺はさっきから探知を続けていた。
模造創世石の気配を探っていた。
気配の元凶は薄ぼんやりと掴めつつあった。
しかし思うのだ。
この場所ってビル街から離れてるよな、と。
音楽関係のエグゼクティブ・プロデューサーってビル街にいるもんじゃないのか?
そんな偏見を持った。
なにか食い違いを感じる俺なのだった。
アリエルの電話が終わった。
「来るにゃよ」
アリエルはそう言ってポケットにスマートフォンをしまったのだった。
なにはともあれ行動あるのみ。
俺は車のキーを取り出すと、顎で扉の方向を示した。
アリエルは一つ頷くと、素直に出ていった。
俺はあずきのパソコンの電源を消す。
そして衣装棚に気を引かれつつも部屋を後にした。
「あずきさんマジでごめん」
謝罪する。
隣人の隠れた趣味はそっとしておこう。そう思った。
つづく




