出会い
何故か手にしていた模造創世石をヴァレンティを呼んで砕いてもらった次の日のことだ。
その日、俺は釈然としない面持ちで実家へと向かっていた。
用があるのにその用事を忘れたという両親が絶縁したとは言えど気になったのだ。
借金でもしていて生活に困っていたらどうしよう。そんなことを思う程度には血縁者には情が残っている。
住宅街を歩く。
実家まで後五キロといったところだろうか。
田舎育ちの俺には軽いウォーキングだ。
その時、向かいに目立つ女性が歩いてきた。
銀髪で、秋だというのに肩を出した格好で、一言で表現するなら派手。
彼女は真っ直ぐ前を向いて歩いている。
何故か彼女が気になった。
いや、気になりもするだろう。
ツッコミたくなる。
寒くないのかと。
その派手な頭はなんだと。
ツッコミどころ満載の女性が真向かいから真っすぐ歩いてくる。
彼女と、視線が合った。
慌てて視線をそらす。
しかし、時すでに遅し。
彼女は俺に向かってまっすぐに歩いてきた。
派手な女性なのに気後れしないのは彼女が六華に似た面差しだからだろうか。
姉がいたならばこんな感じかもしれない。何故かそんな発想に辿り着いた。
彼女は微笑んで言う。
「オリックスバファローズの井上岳志選手ですね。ファンなんです。サインくださいー」
語尾に音符でもついて跳ねていそうな口調だ。
けど、その裏に隠れた緊張を俺は見逃さなかった。
なにか隠している?
何故かそんな発想に辿り着いた。
何故俺を井上岳志だと見抜けたのだろう。
サングラスをしてコートも着ている。身長も人並外れて高いわけではない。
何故だ?
釈然としないまま彼女の差し出した色紙とマジックペンに手を伸ばし、それでサインを走らせる。
書いて、手渡す。彼女は、掴む。俺は、離さなかった。
俺の中の全神経が騒いでいる。
彼女をこのまま帰すなと。
彼女は苦笑顔になる。
「井上選手、離してくれないとサイン貰えませんよ」
その苦笑顔、最近良く見ていたような。
「なあ、あんた、俺の血縁者じゃないか? 妹に、良く似ている」
「知りたいですか?」
彼女は悪戯っぽく微笑む。
背筋が寒くなった。
間違いなくアリエル属。
ん? アリエル属ってなんだ?
「話してたらなれるかもしれませんよ? 恋人に。ね、たけとし」
「俺は岳志だって……」
そこまで言って、口を抑える。
おかしい。このやり取り、ここ最近何度かしたような。
「じゃ、喫茶店でも行こうか、たけとし」
そう言ってへにゃっと微笑むと彼女は俺の手を脇に抱えて歩き始めたのだった。
「ちょっとちょっと、胸、当たってる」
「……本当に童貞なんじゃないの?」
疑うように彼女は言う。
喫茶店まで、車で後十分。
それを、何故か俺は知っていた。
そして、それから楽しい時間を過ごせることも、何故か俺は知っていた。
何故だ?
わけがわからないのに苦笑してしまうのは。
ただ、腑に落ちたことがある。
今まであった何故、の原因。それはこの女が台本を書いたからだと。
この日、変な人と出会った。
一言で表すならばアリエル属。
後先考えないで大胆で、酒を飲まないことを除けば江戸っ子みたいな人だ。
つづく




