終わりにしよう、この劇を
「真奈姉」
俺は届いた小さな段ボールの封を開けると、姉に向き直った。
「なあにー?」
姉のいつもの上機嫌な顔が俺の表情を見て引きつる。
「なに、そんな怖い顔して」
「終わりにしよう、この劇を」
「劇? 終わり? 何の話? 帰るってこと?」
姉は狼狽しつつ言う。
「違う。あんたの人生から大事な物を奪うってことだ」
姉は我に返ったような表情になる。
彼女自身も浸っていたのだろう。彼女の作った劇に。
俺も浸っていた。姉に甘える日々。子供の頃のような懐かしさがあった。
けど、人はいつしか大人にならなければならない。
俺は首に、神秘のペンダントを着けた。
「やっぱり、か」
そもそも、これを家に置いてきたことがおかしいのだ。
こんな大事な物、置いてくるわけがなかった。
濃厚過ぎて何処にあるかはわからない。
しかし、近くから模造創世石の気配がしていた。
「持ってたんだな、真奈姉。黄金色に光る石を」
姉はしばらく緊迫した表情になっていたが、へにゃっと苦笑する。
(引きずり込まれるなっ!)
必死に引力に抵抗する。
姉の劇。奔放な姉とそれを皮肉りながら甘える弟のストーリー。
その脚本から脱さなければいけない。
「そんなわけないもん。岳志は私の家に雪が降る限りいてくれるって言ったんだから」
俺はその時、なにか繊細な物が割れる音を聞いた気がした。
俺の中で、決定的ななにかにヒビが入った。
「岳志って言ったな、真奈姉」
姉は自分の口を抑える。
この人も劇と真実を混同しかけているのだ。
「わざとたけとしって間違えてたんだな。俺のこと、知ってたんだな?」
姉は、いや、真奈は、ゆらりと立ち上がった。
「――雪が降る限りは、いてくれるって、言ったんだから」
俯いて、暗い形相で言う。
部屋の中が吹雪始めた。
彼女の心が、現実を侵食しつつある。
模造創世石の効果だ。
そして、周囲は広い雪原へと変わった。
まるでクーポンの力を開放した時に周囲が真っ白な広い空間に変わるように。
姉の銀髪が吹雪に揺れて、境界がわからなくなる。
そして、気がつくと彼女は白い着物を身にまとっていた。
肌の青白さも合わせて白一色。
雪との境界が見えない。
「真奈さん、アンタは、そこまで――」
真奈はにこりと微笑んだ。
「おかしいね、変な場所へ来ちゃった。一緒に帰ろう、たけとし」
そう言って、彼女は手を差し出す。
もう一度劇をしようと提案する。
背筋が寒くなるような綺麗さだった。
しかし、終わった。
たけとしの魔法は終わったのだ。
魔力をフル開放して相手の魔力を相殺することに集中する。
「いや、俺の帰る場所は別にある。あんたの思い通りには、ならない」
「酷いなあ。私、振られるのは嫌いなんだけど」
そう言って、真奈は俯くと、ゆらりと揺れた。
「イライラしすぎてあんたを殺しちゃいそう」
そう、ハートが付きそうな声で言う。
たけとし劇場が、破壊音を立てて壊れていた。
後に残ったのは、壊された女と、壊した男だ。
つづく




