雪、二人で
天変地異の前触れか、十月だというのに雪が降った。しかも東京で。
積もらない程度の雪だが数日前まで秋の気温だったことを考えると異常だ。
姉も流石に肩を出す格好を辞め、セーターを着て窓から外に無邪気に手を出している。
「たけとしー雪だよー。これがやむまでは泊まってきなよー」
「そうだな。やむまでは泊まっていよう」
苦笑しつつ言う。
こんな積もらない程度の雪、数日で溶けてなくなるだろう。
堕落した数日を過ごしたが、そろそろ元に戻っても良い。そう思っている。
姉もそんな俺の心の動きを感じ取っているのか、仕事から帰るのが速い。
元スポーツ選手の恋人だっただけあって、用意される食事のバランスも意外なことに整っていた。
「外出ようよたけとし。ちょっと一緒にあるこ」
そう言って、とっとっととバレエでも踊るように姉は畳の上を歩いていく。
二階に住んでなくて良かったなあと思う。
俺は綺麗になったコートを羽織ると、その後に続いた。
ポケットに手を突っ込んで、歩く。
二人して、黙々と。
不思議なことに、会話はなくとも心が繋がっていることはわかった。
家族に血縁は必要ない。ただ理解し合えていれば良い。
半分しか血が繋がっていないとはいえ、姉は姉だった。縁を切った実の家族よりよほど家族だ。
姉がある十字路で、足を止めた。
「この十字路の信号ね、優しいんだよ。いつも私の進路を維持してくれるんだ」
そう音符でも付きそうな声で言う。
「へぇ? で、真奈姉の進路ってどっちだ」
「斜め向かい」
俺は思わず苦笑した。
横が赤だろうと真っ直ぐが赤だろうとどちらにしろ片方には進める。
それは進路を維持しているというよりは自然なことだ。
「真奈姉は可愛いな」
「あ、馬鹿にしてるね? けどね、本当なんだよ。この信号、私がバスに乗ってたら嫉妬して赤になるし」
「信号が意思を持ってると?」
「私はそう信じてるの」
そう言って、とっとっととバレリーナのように進む。
俺は苦笑して後に続く。
最初はアリエル属だと思って敬遠気味だったが、近づいてみると姉の可愛らしさが理解できるようになってきた。
かと言ってアリエルの可愛さがわかるかと問われれば俺は確信を持って否と言えるが。
雪はやむ気配がなく、むしろ強くなりつつあった。
姉が滑る。
俺は慌てて滑り込んで姉の後頭部の下に手を出す。
なんとか受け止められた。
「真奈姉~」
「ごめんごめん」
十字路の下、二人で至近距離で座り込む。
瞳と瞳が交わった。
「たけとしって格好いいよね」
姉がポツリと言った。
「なにそれ」
俺はマズイな、と思いつつ言う。
実の姉弟でそういうのはアレだ。
「たけとし、雪がやむまではいるんでしょう?」
「うん」
姉は微笑んだ。
「じゃあ、ずっと一緒だ」
風が吹いた。
俺は目を見開く。
雪は深々と積もり始め、世界が形相を変えた。
姉は雪の中でなお白く、銀髪は雪の化身のようだった。
それをどうして美しいと思ってしまったのか。
俺は姉を抱きしめていた。
「やめてくれよ、怖いこと言うなよ」
「私と一緒にいると怖いの?」
「違う。雪がずっと降るなんて、祈らないでくれ」
「どうしたの? おかしいよ、たけとし」
「……なんでもない。多分、勘違いだから」
姉が弟の存在を知ったのはいつだ?
弟と飲みたいと言っていた。
姉の元恋人が仕事を見つけられなかったのは何故だ?
それがなければ俺達は出会わなかった。
まさかと思いつつ問う。
「真奈姉、一応訊くけど、黄金色に光る石を持ってないか?」
瞬間、風がやんだ。
姉は微笑んで言う。
「知らないわ。そんな高そうなものあったら今頃質に入れてるって」
そりゃそうだよな。
俺は思い直して、姉の手を握って歩き始めた。
進路とやらに向かって。
これが迷走なのかなんなのかはわからない。
掴んだ手の温もりだけは本物だ。
つづく




