六華さんの権力
スマートフォンのアプリで会話に合流した六華は、こともなさげに言った。
「払う必要ないわよ。闇金なんて違法だもの。なんなら弁護士も紹介するけど?」
「いやーそれが色々握られちゃってて。バックにヤクザもついてるみたいだし。どんな酷い目に合わされるか……」
姉は苦笑しつつ小さくなって言う。
正直、今の環境に慣れないといった様子。
借りてきた猫という奴だ。
それも仕方ないだろう。
生まれて初めて顔を合わせる種違いの妹に対して借金の相談をしているのだから。
六華は口元に手を当てて、唸った。
「先生に借りは作りたくないけど……仕方ないかなあ。じゃあバックについてるヤクザはどこの系列かわかる?」
「そんなのわかんないわよ」
困ったように言う。
「じゃあその闇金の名前と所在地は?」
「えーっと、なんちゃらファクトリー」
この人本当名前覚えないなあ。
六華は口元に当てていた手で頭を抱えた。
「お兄、この人ほんっとうに私達の姉なの?」
「顔良く見てみろよ。お前と系列似てるだろ」
「私の顔してるのにこんなに、その、なんていうか、アレなの?」
「アレってなによー」
姉は唇を尖らせる。
「だって仕方ないじゃん。元彼は私のために上京した。けど働けなかった。けど私といたかったから借金した」
「遠距離恋愛って手はなかったの?」
「遠距離恋愛から一歩進んだら踏み外したの!」
しょうがないでしょ、とばかりに言う。
その結果親を困らせているのだからなんというかアレだ。
六華は両手で頭を抱えた。
「これが私の姉。私の姉。うん、大丈夫。受け止めて六華」
政治家を目指す六華としては借金をこさえるような姉の存在は頭の痛いところだろう。
「わかった。私の方で調べるから所在地だけ教えて。そしてこの問題は数日内に終わらせる。上の方で話してもらってね」
「そんなことできるのか? 政治家がそういうツテを持ってるってバレたらヤバくないか?」
「お兄、知ってる? 公的献金の何割が企業から出てるかって。団体のいくつが助成金や法律に助けられてるかって。金と政治は切っては切り離せないのよ。つまりこれは私の専門ってわけ」
「はー……」
思ったより俺の妹は危うい綱渡りをしているのかもしれない。
清濁併せ呑む。
昔は表しかない純粋な奴だったのにこいつも随分と変わった。
それに比べてこの姉は。
妹がこれから渡る橋の危うさも知らずに無邪気に目を輝かせている。
「本当に解決するの?」
「先生だって闇金と関わりを持つような秘書の存在は弱みになりかねないからね。大丈夫。私も先生の弱みいくつか知ってるから。上手く等価交換するわよ」
「凄いわ妹ちゃん! 貴女神様よ! いえ、神様候補ね!」
「……お兄、本当にこの人私達の……その……」
六華は躊躇いがちにごにょごにょと言う。
「諦めろ」
俺は溜息を吐いた。
六華も深々と溜息を吐いた。
「じゃあ早急に事態を解決しに動くから、電話切るね」
「ありがとう六華。ついでに今度俺にも法律家を紹介してくれ」
こんな姉がいたらいつお世話になるかわからない。
「お兄も上を頼りなよ。企業ってのは私達が思ってるより権限持ってるから」
忠告される側に回ってしまったか。
俺はわかったとだけ言うと苦笑してアプリを落とした。
そして、腰を上げる。
「じゃあ、要件は終わったな? もう俺を呼び出すなよ」
「待ってよ。あんたなんちゃらなんちゃらーずの井上選手なんでしょ?」
そのなんちゃらシリーズ何個あるの?
「付き合いなさいよ。借金がなくなった祝いにお姉ちゃんがちょっと奢ってあげる」
語尾にハートマークが付きそうな声で言う。
俺は片手で頭を抑えた。
「本格的にダメ人間……」
いい人ではあるのだろう。
しかしあまりにも考えがなさ過ぎる。金の問題を起こした直後で人に奢ろうとは。
男はつらいよの寅さんと同系統でもっとたちの悪い良く言えば江戸っ子気質、悪く言えば無計画。
道化だと笑われるのが嫌い。なんとなくわかった気がした俺だった。
「細かいことは考えなーい。弟がいるとわかった時から一緒に飲みたいと思ってたの!」
「お、おい」
そう言うと姉は俺の腕を抱えて前進を始めた。
当たった胸は大きかったが流石に実姉に心の童貞は騒がなかった。
つづく




