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変わらぬ調子で

「いらっしゃいませー、何名様ですかー?」


 まだ若そうな男性店員が元気良く出迎えてくる。

 あずきがニコリと微笑んで近づいて囁く。


「訳ありでさ。さっき入った客の隣の個室に通してくれないかな」


「お客さん、そういうのは困りますよー」


 男性店員は苦笑しているが相当困惑していることだろう。

 それはそうだ。俺だって同じ立場なら困る。


「あんたは黙ってればバレないしお金が入る。私達は都合が良くなる。WINWINだ」


 そう言って、あずきが店員になにかを握らせる。

 店員は真顔になって息を呑んだ後、再び苦笑顔になった。


「仕方ないですね、今回だけですよー。お客様四名入りまーす」


 そう言うと、案内する男性店員の後をあずきは悠々と歩いていった。


「なにをしたんで?」


「地獄の沙汰もなんとやら~ってね」


 流石は大物Vtuber。金の使い道には頓着がない。

 頭が上がらないとはこのことだ。


 俺達は個室に通された。

 畳部屋の個室。

 扉はないから会話は筒抜けだ。

 これはいい条件だ。


「遥ー、頼むよー。もうちょっと貴文君の相手しててあげてよー」


 これは丁度いいタイミングに出くわしたかもしれない。

 まさに核心的な話を俺達は聞こうとしていた。


「いやだよ。今日で貴文君とは縁を切ります。友達付き合いなら考えんこともないけど、あの人、彼氏面してくるんだもん」


「私の受けてる講義の過去問持ってるのあの人だけなんだってー、単位落としちゃうよー」


「彼氏と遊び呆けてて真面目に講義に出ないあんたが悪い。てか出席の方も大丈夫ー?」


「ならなんでいままで付き合ってやってたんだ?」


 と別の男。


「付き合ってたわけじゃないですよ。目を瞑ってただけです」


 と、先輩。


「私は文芸サークルは好きだし空気悪くしたくないし。貴文君には確かに借りもあるし。けど、個人的な付き合いはもうちょっとなあ……って感じで」


「けどあいつ、大丸商事入りだぜ? 勝ち組だぜ、勝ち組」


「私はそんなんじゃ伴侶は選ばないわ」


 先輩は男前に言う。

 それでこそだよなあと思う。

 俺は思い違いをしていた。

 どこだって先輩は先輩なのだ。


「ここってどうやって注文するにゃ?」


 アリエルが小声で問う。


「そこのタッチパネルで入力するみたいだね。ドリンクでも頼もっか」


 あずきがそう言って早速酒を注文する。


「皆はとりあえず烏龍茶でいいかな」


 言いながらさっさと注文ボタンを押していく。

 流石は歴戦のコラボ魔。仕切り始めたら止めどない。


「けどよお、本当に貴文は遥ちゃんのこと、好きなんだぜ? ちょっとは応えてやろうとは思わないわけ?」


 先輩の先輩らしき男が、責めるように言う。

 先輩はしばし言葉を吟味する。

 虚空に視線を向けて、しばし考え込む先輩の姿が、見てなくても想像できた。


「最近、気になる子ができたんです」


「気になる子?」


「遥に?」


「本が恋人って言われてた遥に?」


「恋愛経験ゼロの遥に?」


「五月蝿いなあ」


 先輩は拗ねたように言う。


「素直なのか秘密主義者なのかわからなくて。けど、いつも私を守ってくれる子。皆のために頑張ってる子。思わず応援したくなる子。今は、その子を個人的に応援したいなって」


「誰のことだろうねえ」


 あずきはとぼけた調子で言う。

 俺は気恥ずかしくなって、逃げ出すことにした。


「ちょっとトイレ、行ってきます」


 便座に籠もって、先輩の言葉を反芻する。

 先輩が俺に気があるのは知ってた。

 けど、ああやって言葉にされると、やはり気恥ずかしいと言うか、照れると言うか。


 のたうち回りたくなる。


 結婚したらどうなるんだってあずきの指摘はあながち間違っていないと思う。


 トイレを出る。

 アリエルと鉢合わせした。

 目を輝かせていた。


「焼き鳥美味いにゃ! 感動ものにゃ! これが運命の出会いにゃね!」


「そうかい、それは良かった」


 二人で話しながら通路を出る。

 そして俺は愕然とした。

 先輩と貴文が、寄り添いながら二人きりで店を出ようとしていた。


「悪霊の匂いがするにゃ」


 アリエルが、すっと金色の目を細くして、呟くように言った。



続く

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