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追い出しコンパ

 夏休みに入った。

 我が母校の野球部は強豪校として順調に勝ち進んでいるようで何よりである。

 こちらの大会はまだ一月先。


 しかし、日に日に緊張感が増していくのを感じる。

 聞けば、出場チームには社会人野球の軟式チームなどもいるそうで、本格的な大会になるそうだ。

 自分みたいな急造ピッチャーで大丈夫なのだろうかと少し思う。


「ドリンク冷やしときましたよー!」


 雛子が元気良く言って、幸子とドリンクケースを持ってくる。

 氷とペットボトルの入ったケースに、おじさま達が群がる。


 俺も遅れてついていくと、首筋にぴとり、と冷たい感触を押し付けられた。

 雛子だ。

 雛子が、冷えたペットボトルを俺の首筋に押し付けていた。


「はい、岳志君の大好きなポカリスエット」


「……ありがとう。けど、素直にお礼を言いたいから今度から真正面から渡そうな」


「どうしよっかなー」


 俺と雛子の関係は、拗れることもなく、相変わらずと言った感じだ。


「後、これ」


 そう言って、雛子はおにぎりを一つ差し出した。


「お前の手作り?」


「いらない?」


「もらうよ」


 鮭のおにぎりは、シンプルだが美味しかった。


「案外上手いもんだな」


「案外ってなにさ案外って。これでも一人暮らし、考えてるんだからね」


「成績良くなっても家族の待遇は変わらずなのか?」


「こういうのは一度拗れたらねえ。岳志君ならわかるしょ」


 わかる、としか言いようがない。

 一度失った信用は取り返せない。それは親子でも一緒だ。


「あー、雛子、岳志を特別扱いしてるにゃー!」


 目ざとく見つけてアリエルが叫ぶ。

 しかしおじさま方は、一連の婚約騒動を知っているだけに、優しくアリエルを嗜めるのだった。


「そういや、今日からバイト決まったんだ。一人暮らしへの資金稼ぎ」


「へー、なにするんだ?」


「へへ、内緒」


「なんだ、意味深だな」


 そして俺は、その日の朝のバイトで愕然とすることになったのだった。

 バイト先で、制服を着た雛子が、苦笑顔の先輩と並んで俺を待っていた。


「まずは体験だからレジ打ちだけしてもらって、品出しとかはそれからで……」


 そう弱々しい口調で先輩は言う。


「よろしくね、岳志君!」


 雛子は元気良く言う。

 なるほど。こいつにとっては働きやすい職場というわけか。


「色々教えてあげて。親友なんでしょ?」


 そう言うと、先輩は品出しに向かってしまった。

 まだ客のいない時間帯。嵐の前の静けさ。先輩が話しかけてくる。


「それでさ、岳志君。今度の金曜日の夜、シフト変わってくれないかなー」


「夜のシフトですか。まあ、いいですけど」


 あずきの生放送を聞き逃すのは残念だが、その程度はまあ仕方あるまい。


「なにか用事入ったんですか?」


「デートとか」


 雛子が悪戯っぽく微笑んで言う。


「違う違う」


 先輩が慌てて否定する。


「うちのサークルの追い出しコンパがあってね。まあ有り体に言えば先輩を送り出す飲み会ね。それに参加することになって。急遽決まったからシフト入れっぱだったのよ」


「飲み会、ですか……」


 俺は少し不安になった。

 男と女と酒。不安な組み合わせだ。


「向かいに行きましょうか?」


「私も大人だよー? 外での飲む量ぐらい見極めてます」


 ぴしゃりと言う。

 あずきの家で正体をなくすまで飲んだの、誰だったっけ。


「まあ、いいですよ。シフトの件、了解しました。雛子も、こういう風に、シフト変わりたい時は他の人に頼むんだ。くれぐれも無断欠勤はしないようにな」


「コミュ障にはコンビニバイトも辛い時代なんだねえ」


 しみじみとした口調で雛子は言う。


「それでも生きていくには働くしかないのよー」


 お前ら俺に比べれば全然コミュ障じゃないじゃん。苛められて野球部を追い出された俺はそんなことを思う。



続く

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