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今でも運命を信じてる

 雛子が訪ねてきたのは、その日の夜だった。

 おずおず、と言った感じで、どこか気まずそうな空気を漂わせている。


 俺がどうした? と近づいていくと、頬をぽりぽりとかいて、頭を下げた。


「婚約の話なんだけどさ」


「うん」


「あれなんだけどさ」


「うん」


「本当に悪いんだけどさ」


「うん」


 お、この話の流れは……。


「なかったことにしてくんないかな?」


 俺は心の中でガッツポーズした。

 けど、なんで?

 雛子は一人でやっていけるのか?


「なんで急に? あんな浮かれてたのに」


「いやー、私も薄々感づいてたんだよね」


 雛子は悪戯っぽく微笑んで言う。


「あんたに、そんな気はなかったって」


「おっま……!」


 俺は絶句する。


「言葉の綾とか、例え話とか、そういうものだったんだろうって。理解できないほど私は馬鹿じゃないよ」


 舐めていた。

 この女は自分を誤魔化すのを上手ければ人を誤魔化すのも上手いのだ。


「あんたが私ともう一人の誰かの間で揺れてたのは薄々感じてた。私にちょっとでも気があるのも察してた。だから、早いところ言質を取ったことにしてしまおうってことにしちゃおうって思った。ごめんね」


 俺は腕を組んで、溜息を吐く。

 気があることまで見抜かれていたとは正直なところ恥ずかしい。


「じゃあ、なんで今回それをご破断に? 優柔不断な俺だから、押し切ろうと思えば押し切れただろ」


「六華にさー、泣かれてね」


 俺はげんなりとした。

 あの妹、これからも先、俺の恋愛を壊して回るつもりだろうか。


「私の方が先に好きだったのにって泣かれると、なんかこう、弱くってさ。全部、こう、白状しちゃったわけ。一人に白状したら、もう全員に知れ渡るのは時間の問題だなって」


 なるほど、それで俺には自ら自白に来たわけか。


「ありがとう、岳志君。夢みたいな時間だったよ。あの瞬間は未来を信じれた」


 そう言って、雛子は俯いて、背中を向ける。


「んじゃ」


「おい、待てよ」


 俺は、声をかけていた。

 雛子は振り返る。


「英語、点数良かったんだろ。次、現国してけよ」


 雛子の表情が歪む。けど、それは次第に落ち着いていき、笑顔になった。

 瞳に涙を溜めた、笑顔。

 そして雛子は、俺に抱きついてきた。


「大好きだよ、岳志君」


「ああ。俺も、好きだよ」


「付き合う?」


「付き合わない」


「だよねー。けどね、私は今でも運命を信じてる。岳志君は、きっといつか私を選んでくれるって」


 そう言いながら、雛子は俺の部屋に上がっていく。

 そして、俺の部屋に置きっぱなしになっている現国の参考書を開いた。


 先輩がタイミング悪くやってくる。

 けど、今日は落ち着いて対応することが出来た。


「お、今日も勉強してるんだ。貴女は……」


 先輩の目が、雛子の顔で止まる。


「婚約者さんだっけ?」


 先輩が、意地悪く微笑んで俺を見る。


「なんのことですか?」


 雛子がとぼけた調子で言った。


「ただの親友ですよ」


 先輩が俺の肘を肘でつつく。

 そして、雛子の参考書を覗き込んだ。


「教えてあげる。ここはね……」


 雨降って地固まるって感じかな。

 しかし、妹は先輩と俺が結ばれても暴走するのだろうか。

 五十路を過ぎても独身を貫く自分と妹の図を想像して、自分は少しばかり目眩を覚えたのだった。

 やっぱお医者さん案件じゃないのかな、うちの妹。

 俺が婚約したって知ったらコップ素手で握り潰しちゃったし。

 兄は甚だ不安である。



続く

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