風情がないデス
揺られている。
暗い世界の中で揺られている。
暗いのは目を閉じているからだと気がついた。
目を開くと、世界はまだ薄暗かった。
アリスが、慎ましげに俺を揺らしていた。
「岳志サン、岳志サン」
「なんだァ、アリス……出かけるならまだ早いよ」
「ケド、お姉ちゃんと行っタサンドウィッチ屋、並ぶナラ早朝からダッテ」
「ああ、その辺りは対策打ってあるから」
とは言っても、目が覚めてしまったのでぐっと伸びをして体を起こす。
「トレーニングでもするかな」
呟いて、トレーニングルームへと移動する。
アリスもついてきた。
入念にストレッチして、トレーニングマシンの負荷調整をし、トレーニングを開始する。
体に負荷がかかるのがわかる。
「親父さんやお袋さんは知ってるのか?」
「パパも、ママも、敬遠なクリスチャンダカラ。シッタラ卒倒シチャウ」
アリスは小さくなって言う。
「ソレじゃなくテモ、疑念の目ハ向けラレテタ」
「そうか」
体温の時点で医者からは異常を告げられていただろう。
そこに、日光嫌い。
不吉なものを感じるには十分だったかもしれない。
俺達が思うよりも、肩身の狭い思いをしていたのかもしれない。
「治ると良いな」
「ウン」
アリスは、俯いて頷く。
「岳志さんは、プロ目指すノ?」
「あー……成り行き上」
刹那と約束しちゃったもんな。
阪神戦かオリックス戦で兵庫に行った際には京都に寄るって。
「凄いネ。動画で見たケド九十六マイルだなんテ」
「打たれて負けた。それが全てだよ」
「ううん。アノ速球がアレばNPBで鍛えレバMLBダッテ夢じゃないヨ」
「アリスは野球好きなのか? 父親NBAなのに?」
「私大谷翔平好きだモン」
なるほどね。
「ロス在住?」
「イエス!」
姉が日本贔屓だとそりゃそうなるか。
あらかたトレーニングを終えると、俺はシャワーを浴び、アリスと一緒に外出した。
アリスは黒一色の服装で、日傘をさし、麦わら帽子をかぶっていた。
「本当、日光駄目なんだな」
「ピリピリスル。ケド、売り切れチャッてるんじゃないの? サンドウィッチ」
「大丈夫大丈夫。俺も有名人になったからな」
そう言って、電車に揺られ、しばし歩いて件のパン屋に行く。
既に閉店の看板がかかっていた。
やっぱり、とばかりにアリスが肩を落とす。
俺は裏手に回り、従業員用出入り口の扉をノックした。
「こんにちはー」
しばしして、扉が開いた。
「おお、タケちゃん。お陰様で今日も盛況だよ。フルーツサンドとカツサンドだったね。とっておいたから」
そう言って、ビニール袋を渡してくる。
俺は料金を払うと、手早く表道路に戻った。
「な?」
アリスに言う。
アリスは少し不満げだった。
「風情がナイ」
「そうか?」
「コウ言うのって、行列にマチながら、色々な話をスルのも思い出にナルんじゃないノ?」
言われてみればそうかも知れない。
「岳志さんって女心がワカンナイんダネ」
よほど楽しみにしていたらしい。お姫様はご機嫌斜めだ。
「話はアヒルボートでたっぷりしよう」
そう言うと、アリスは表情を輝かせた。
エイミー初来日事件以来一時期ブームになったあの場所も、今は元の平静さを取り戻してきている。
二人で静かに過ごすにはうってつけだろう。
それにしても、変な感じだ。
どうしても、エイミーとデートしていた頃のことを思い出す。
ウキウキとしている自分を感じる。
男って虚しい生き物だなあと思わんでもない。
+++
彼は、岳志を見ていた。
涎を垂らさんばかりに見ていた。
情報から得ていた姿とその外見は完全に一致する。
彼を喰えば自分も魔界六団騎の一員となるだろう。
しかし、彼は何故自分の同胞を引き連れているのだろう。
それだけが解せないところだった。
彼は待つ。
襲撃のタイミングを。
ビニール袋で片手が埋まった。
タイミングは徐々に近づきつつある。
つづく




