かしまし娘
「っていうかさー刹那ー。あんな運動神経良いなら運動部入りなよー」
「かなり人間じゃない挙動してたよね……」
「古武術の旧家ってなに? ニンジャ?」
三人娘は帰りが遅くなったということで、刹那の母のいつものお節介で六階道家に泊まることになった。
居間では刹那を囲んで三人がわいわいやっているところだ。
刹那は困ったような、照れくさそうな、そんな表情で返事をしている。
邪魔をするのも何なので、俺は食堂に移動した。
ポケットWiFiを繋げて、スマートフォンを起動する。
メイドの美里が、さり気なく近づいてきた。
「紅茶とコーヒー、どちらになさいます?」
「アールグレイで」
美里はおや、と言った表情になる。
「以前とはお変わりになられましたね」
「俺も彼女に色々習ったからなあ」
「畏まりました。アールグレイ、ご用意いたします。デザートは?」
「そこまでしてもらっちゃ悪いよ」
美里は滑稽そうに笑うと、台所に引っ込んでいった。
丁度、来季のアニメのオープニングソングがアリエル、主人公の幼馴染の声優があずきと言うことが発表されたところだった。
案の定賛否両論といった感じ。
アリエルの歌なら間違いない、と言う声もあれば、Vtuberということだけで拒絶反応を示す者もいる。
そもそも、なんで個人Vtuberに依頼なんて行ったんだ? と怪訝がる声もある。
それは俺も不思議な点だ。
登録者数が同等の箱入りVtuberなんて他にも色々いる。
なんでその中であずきとアリエルなのか。
作者の趣味なのではないかと投げやりに言われているがそれが一番信憑性があるのが今のところだ。
美里が紅茶を持ってやってきた。ショートケーキが添えてある。
「運動したからカロリーとってくださいませ」
「良いって行ったのに」
苦笑しつつも、一口食べる。
「ありがとう」
「いえ、こちらこそですよ」
美里は微笑む。
「お嬢様は本当に変わられた。笑顔は柔和になり、友達もできた。普通の女の子になった」
「良いことだ」
「私もお母様も貴方に感謝してもしきれない」
「それな、本人にも言ってるけどな。変わったのは刹那だ。俺はきっかけにすぎない」
「けどね、レーンの切り替え機がなければトロッコは同じ場所を回転し続けちゃうんですよ」
そう言って、美里は悪戯っぽく微笑んで指をくるくる回す。
苦笑して、俺はショートケーキをもう一口食べた。
「あとは結婚ですね」
美里が、ぼやくように言う。
「こんな家系だから、自由結婚というわけにはいきません。どうかどこかに、お嬢様の気持ちを受け止めてくれる殿方がいてくれれば良いのですが……」
なんだろうこのプレッシャー。
「ど・こ・か・に・いないものですかねえ」
「美里さん」
「はい?」
「ケーキの味がしない」
美里はきょとんとした後、くっくっくと笑った。
「まあ、少しは考えておいてください。六階道家は旧家。重婚も許容しております」
そう言って美里は去っていった。
この家の中では常識人だと思っていたのだが。
「とんでもねー女……」
思わず呟く。
母親、美里、三人娘、どいつもこいつも、刹那と親しい人間は刹那への愛が重すぎる。
「ま、俺もか」
あの一生懸命さを、あの不器用さを見ていると、世話を焼こうという気になってしまうのだ。
案外、得な奴なのかもしれなかった。
(プロになったら阪神戦とかオリックス戦の帰りに寄るのもありなのかなあ……)
そこまで考えて俺は自分の頬を張った。
(危ない危ない、美里のペースに流されている)
アブノーマルな人生はできるだけ歩きたくない。そう思う俺なのだった。
そもそも、プロで通用するかもわからないし。
それでも、刹那の世話は焼いていたい。そう思う。
その結末があの温泉宿の一幕みたいなオチだったらどうするかなあ、と俺は懊悩した。
(男と女って本当面倒臭い)
無意識に触れたスマートフォンのリンクから、アリエルの歌声が響き始めた。
心を癒やすような透明感がある天使のソプラノ。
少しだけ里心がついたが、もう少し。
もう少しだけ、修行の時間が欲しかった。
つづく




