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刹那と友達

 六階道邸の庭の外周を走っていると、刹那が帰ってきた。

 今日の朝は重い足取りで歩いていったが、帰りも重い足取りだ。

 何やら、友人らしき少女を三人連れている。


「よう、刹那。お帰りー」


 手を振る。

 刹那は顔を上げ、ぎこちない笑みを浮かべ、手を振り返す。


「あー、軟式王子じゃん!」


「この前野球大会で百五十キロ出した!」


「刹那の男って軟式王子だったの?」


 少女達に動揺が走る。

 つくづく、顔が売れてしまったなあと思う瞬間である。

 正味、ただの野球少年に戻りたい。


 四人は少しずつ近づいてくる。

 刹那は暗い顔で、三人は警戒するような表情だ。


「なんだなんだ、複雑な表情で」


 戸惑いつつ、後輩達を迎え入れる。

 三人の一人が、意を決して言った。


「岳志さん、彼女いますよね!」


 その大声に、思わずびくりとする。


「ああ、うん。彼女って言うか、婚約者がいる」


「じゃあ、刹那を弄ぶの、やめてくれませんか!?」


「は!?」


 思いもしない言葉に、俺は驚愕する。

 刹那を弄ぶ? 俺が?

 俺はただ刹那に修行の相手をしてもらっていただけだ。


「だから……ちょっと……誤解がね?」


 刹那は昔みたいな人見知りモードに戻っている。


「いいの、刹那。無理しなくて。この人が貴女をバックからガンガン攻めたってことは聞いたから」


「いや、それは、背後から攻撃したことはあったが」


 三人は目を見開く。


「ほら、認めた!」


「本当だったのね!」


「クズ! ロリコン! 人でなし!」


「ちょっと待ってちょっと待って! どうなってるんだ刹那! 説明してくれ!」


「いや、その、ね……?」


 刹那は、恐る恐る口を開く。


「この子達、私と貴方がその、一線を超えた関係にあるって誤解してるというか……」


「どうしてそうなった!?」


「わかんない!」


「私達、聞いたんだから!」


「足腰が立たなくなるまでやったとか」


「腕引っ張られてバックとられて突かれたとか」


「最初は刹那が上を取ってリードしてたけど最後は翻弄されてたとか」


 俺は聞けば聞くほど仏頂面になり刹那をジト目で見る。


「……これは、勘違いされてもお前が悪い」


「私は普通に話してただけだよ~」


 刹那は泣きそうな声で言う。

 俺は、それを見て苦笑した。

 刹那に歩み寄る。


 三人は警戒するように数歩後退る。

 俺は、刹那の頭をぽんぽんと撫でた。


「頑張ったな」


 刹那は、きょとんとした表情になる。


「人が苦手だったお前が、こんなに心配してくれる友達が三人もできた。相当頑張ったんだなって思うよ。お前は勇気で勝ち得たんだ」


「岳志……ありがとう。この勇気は、岳志がくれたものなんだよ」


「いや、一歩を進む勇気は元々刹那が持っていたものだ。俺は、ただのきっかけだ」


 三人は戸惑うように顔を見合わせる。


「なんか変じゃない?」


「お兄ちゃんと妹みたいな……」


「……刹那の言ってることが事実ってことなのかな?」


「けどあの台詞はどう考えても……」


「そこのお前ら」


 俺に呼ばれて、コソコソ話していた三人はビクリと肩を震わせる。


「俺は大事な婚約者がいるからそれ以外の女性に手を出したりしねーよ。刹那がいかに心が綺麗で外見が美しくても」


 刹那が頬を赤くする。


「刹那。見せてやろうぜ。俺達がやってることを」


「良いの? クーポンなしじゃ岳志私に太刀打ちできないよ?」


「そこはお前も身体向上術なしでいってくれ」


 刹那は悪戯っぽく微笑んだ。


「了解」


 俺達は一定の距離を取って向かい合って構えを取る。


「私ねっ」


 刹那が弾んだ声で言う。


「実は格闘術の家系の旧家なの!」


 俺と刹那は接近する。

 そして、互いの放った拳を互いのもう片方の腕で受け止めた。



+++



 お互いに、息を切らして座り込む。二時間はぶっ通しだっただろうか。

 あかねがやってきて、呆れたように言う。


「今日は観客付きなのね」


「わけあってね」


 刹那が清々しげに答える。


「岳志やっぱ格闘術のが才能あるよ。双刀術の時みたいなぎこちなさがない」


「外野の守備もできるだけ正面で取るようにはするけどフォームはある程度自由だからなあ。色々なポーズで取ってたから自由度が広いのかもしれない」


「こりゃ足腰立たなくなるわ……」


 三人のうち一人が呆れたように言う。


「ね、だから言ったでしょ?」


 刹那が微笑んで言う。


「この人は、私の大事な恩人なの」


 幸せが籠もったような声だった。

 俺は照れくさくて天を扇ぐ。

 空はもう、薄暗くなっていた。


「お前らもう帰るだろ? 駅まで送るよ。もう暗い」


「汗臭い人についてこられると困るのでいいです」


 最近の女子高生は手厳しかった。

 なんか第一印象で損している感がある俺なのだった。



つづく

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