私と似てるなって
「待ってたよー岳志くーん!」
そう言って女子中学生はブンブン手を振る。
この暑い中律儀にコンビニの前で待っていたらしい。
なんとなく、尻尾をふる小型犬を連想した。
俺は呆れ半分に話しかける。
「なんで俺のこと知ってんの?」
女子中学生はきょとんとした表情になる。
そしてスマートフォンを取り出すと、YouTubeを開いた。
井上岳志レーザービーム集と題した動画がアップされていた。
「な、な、な……」
俺は思わず言葉を失う。
再生数はなんと十万超え。
「コンビニの小さなヒーロー効果で今ちょっとバズってます」
そう言って悪戯っぽく微笑む。
「誰だ、こんな動画作った奴!」
「六華ぐらいしかいないじゃん」
「俺の妹はそんなパスった奴だったのか?」
ブラコンが過ぎると思っていたがここまでだったとは。
「酷い言いようだなあ。家族が一番のファンなんてアスリート冥利に尽きるじゃん」
「てか、お前は六華のなんなんだ!」
にへら、と微笑む。
「一番の親友」
きょとんとする。
「中学教師と不純異性交遊してるお前が? 俺の妹の? 一番の? 親友?」
確認するように言う。
「アリエナイ」
「酷いなー、私は先生と本気だったんだから。何時間もかけてラブレター書いてやっとオッケーもらったんだからね」
「んで逃げられたと。ほいじゃ俺も逃げますかね」
「岳志君、変な狼みたいなのと戦ってたよね」
ぎくりとする。
「心配するんじゃないかな。六華がそれを知ったら。一番の親友の言うことなら突拍子もないことでもある程度は信じると思うし」
面倒臭いことになってきた。
超常的なこととはいえ深く追求されればボロが出る可能性がある。
ただでさえあずきに野球部に六華の学校の教師と目撃者は日に日に増えているのだ。
また女子中学生はにへら、と微笑む。
「チャリで送ってよ。私の家、遠いんだ」
「それで三十分近くも待ってたのか」
「木陰はまだ涼しいからねえ」
先輩がコンビニから出てきた。
今から大学に行くのだろう。鞄をぶら下げている。
こちらを一瞥すると、げんなりした表情をして無言で去っていった。
また女か、とでも言いたげだった。
「妹の友人ですよー!」
せめてものあがきでその背中に声を掛ける。
ばいばいと手を振って、先輩は去っていった。
「今の人、好きなの?」
「……ふつーに好き」
「あーあ、今日二度目の失恋かぁ」
思わず呆れる。
「お前の恋愛観って結構軽いのな。てか最近の中学生って皆そうなの?」
「付き合う付き合わないって結構その場のノリでするものじゃないの? クリスマス前とかボッチが嫌だからって付き合うカップル急増するじゃん」
まあ悲しいことにそれは否定できない。
「んで正月あたりになんか違うなーってなって解散するのな」
「そうそう」
そう言ってケラケラ笑う。
どちらかというと重めの女の妹とこの軽い女がどこで気心が通じ合ったのだろう。想像もつかない。
「話しててもきりないから行くか」
そう言って、自転車のストッパーを外す。
俺がサドルにまたがると、少女は荷台に乗る。
そして、駆け始めた。
広がる青い空に入道雲。
ちょっとした青春気分だ。
(これで後ろにいるのがビッチじゃなければなあ……)
照れ隠しについそんなひねくれたことを思う。
「岳志くんさー、凄いね」
少女は言う。
「なにがだー?」
「親元出て、自分で生計立てて」
「年齢柄それができるからな」
「そうなんだよね、年齢なんだよね」
少女は難しい口調で言う。
「一人暮らし願望でもあるのかー? 勝手に料理が出てきて光熱費水道代が勝手に支払われる実家のありがたみを知ることになるぞー」
「私さ、小学校までは神童だったんだ」
「今でも勉強はできそうだけどな。外見は」
「岳志くんってばなんか一言多い系?」
「無口よりはよかろうよ」
「あー、開き直った。まあいいけど。んで、勉強のノウハウを知らないまま中学に上がったら、壁にがつーんとぶつかって、勉強の習慣もないし、そしたらみるみる成績も落ちてさ」
「うん」
俺も似たようなものだ。
小学校まではなんとなくで点数が取れる。
中学はそうはいかない。
「そしたら、家族に見事に掌返された。今じゃ、厄介者扱いだ」
俺は、黙り込んだ。
どこかで聞いた話だな、と思ったからだ。
「だからね、岳志君が野球部辞めて掌返しされて家を出たって話を聞いた時は、似た人っているんだなって思ってずっと気になってたんだ」
背中に頬の感触が当たる。
柔らかく温かな感触だった。
「大変だったね、岳志君。一人でよく頑張ったと思うよ」
「それでお前はグレて教師と不純異性交遊に走ったってわけか」
「ま、そういう面もあるかなー。キスもまだだったから不純って言うかどうかはわかんないんだけどねー」
明るい声で言う。
なんだこの底抜けに明るいキャラ。
暗い過去を背負ってる感じじゃないぞ。
優等生な外見に教師を誘惑する不純さに家族に阻害される暗い現場に底抜けに明るいキャラクター。
彼女はなんともアンバランスだ。
「だから、ね? 似た者同士付き合わない?」
「付き合わない。それやったら多分犯罪だし」
「ガーン。教師も骨抜きにした私の色気が……っていうか高校中退と中学生って言うほど犯罪?」
「どうだろ。小学生だったら確実に犯罪なんだけど」
「うーむ」
二人して考え込んで、ふっと吹き出した。
「なにこんなしょうもないこと真面目に考えてんだろ」
「ホントだよ」
トンネルを抜けると、一面の海が広がった。
「あはははは、海、きれーい!」
「そうだな、綺麗だ」
思わず、微笑む。
もう俺は、後ろの彼女のことをただのビッチとは思わなくなっていた。
青春真っ盛りって感じだ。
その翌日のことだ。
「皆、喜べー! マネが増えたぞー!」
グラウンドでおじさま方の喝采が響く。
「うっす! 日向雛子です、オナシャス!」
昨日の女子中学生が何故か町内会の草野球チームに参戦していた。
幸子は、微妙に引きつった表情をしていた。
なにか先制パンチを喰らったのかもしれない。
「この展開は読めなかったにゃ?」
俺の嘘から出た真というやつで、運動不足の解消を目的に入部したアリエルが問う。
「諦めたと思ってた……」
俺は若干しょぼくれながら言っていた。
続く




