つけられてる
俺とあかねはそのまま博多で時間を潰して夜の居酒屋で晩御飯をつついていた。
あかねは注文した豚ハラミ鉄板を一口食べると、目を輝かせた。
「これは酒だわ」
そう言うと手を上げて店員を呼ぶ。
「あのさ、あかね」
俺は神秘のペンダントを外すように言われてポケットに入れている。
いつまでも鹿児島に行こうとしない彼女の行動に困惑することしきりだ。
「なに?」
あかねは店員が運んできた芋焼酎を美味そうに飲むと言う。
「俺達、旅行に来てるわけじゃないんだけど」
「気づかない?」
あかねは、淡々とした口調で言う。
「つけられてる」
俺はぎょっとした。
つけられている。それはつまり、神秘の道具を争う相手が俺達の目的地を確認しようとしているということだ。
「それも、これは神格ね」
背筋が寒くなった。
神格。破壊の意図がなくともほんの十数分でタワーマンションを半壊させたエイミー。病院を丸々一瞬で消滅させたという安倍晴明。神格に至った連中はどいつもこいつも人間の俺達から見れば規格外だ。
「君にペンダントを外せって言ったのもそういう意図からよ。ペンダントをつけて決闘のクーポンの縛りを解除してる状態の君じゃ神格と大差ないからね」
「目立つってわけか」
「そういうこと」
流石六大名家で術に長けた家系であるあかね。
気配の察知には敏感にできているらしい。
彼女がついてきたのはベストチョイスだったということか。
「じゃあこれからどうする?」
あかねは芋焼酎をもう一口飲んで、顎に手を当てる。
ここは策士あかねの手腕に期待したいところだ。
「方法は三つ」
「三つもあるのか」
流石はあかねだ。頭脳戦では頼りになる。
「まずは一つ。君の縮地を使って無理矢理振り切る。これは相手に探知されるというデメリットも伴うけど、先に道具を確保できるというメリットもある」
「その後どう振り切るかが課題だな」
「そういうこと。それも含めての二案目」
あかねは三つ指を立てて、一本畳む。
「気配を徹底的に消して広い建物の中を選択して移動する。気配の消し方は私が教えるわ」
「修行の日数が必要というわけか」
「そうなるね。それがデメリットらしいデメリット」
あかねが指をもう一本畳む。
「最後の案は、式神を四方八方に放って花火のように強い気配を放つ。明らかに紛い物だとわかるけど、多少の目眩ましにはなる」
「あかねへの負担は?」
「お姫様抱っこして移動してくれるかしら?」
真顔で言う。
尋常ではなく負担がかかるということなのだろう。
「……どの案も確実ではないな」
「神格クラスとの遭遇はちょっと私も想定外でね。唐突なことに戸惑ってるのが本音よ」
俺は暫し考えた。
あかねは飄々と豚ハラミ鉄板と芋焼酎を平らげていく。
「あかね。俺の魔力を三分の一持っていけ」
俺の提案に、あかねは目を鋭くした。
「その心は?」
「その神格とやらと、俺はここで戦うよ」
「タイマンでやるってこと?」
「三分の一もあれば、古神像は倒せるだろう?」
「縮地とあんこくの同時使用は無理だけど、片方は使えるわね」
「俺はここで、神格を迎え撃つ。あかねは気配を消して、神秘の道具を奪取に行く。ここで別れよう」
あかねは暫し考えた。
しかし、他に案も浮かばなかったのだろう。
拳を差し出してきた。
俺はその拳に拳をぶつける。
「生き残ろう。あんた、待ってる人がいるんだからね」
「ああ。多分凄い苦戦すると思う。けど、俺は勝負師だ。激しい戦いになればなるほど実力を発揮できる。それに、無理そうなら時間を稼ぐだけ稼いで縮地で逃げに転じるよ」
あかねは頷く。
そして、ぼやくように言った。
「あーあ、やっぱ婿はアンタが良かったわ」
俺は苦笑するしかない。
「まーだ言ってら」
「別れたら真っ先に言ってねー。お姉さん待ってるから」
「不吉なこと言わないでくれよな」
半分冗談なのだろう。そんな事を言って俺達は笑いあったのだった。
決戦前夜だった。
「じゃあ、決行は明日。俺はそれっぽい場所に相手を誘い込むよ」
「私は早朝から気配を消して電車に乗って神秘の道具を確保する。互いに武運があらんことを」
酒と烏龍茶で俺達は乾杯した。
つづく




