遥の迷い
「えっと……」
そう言って、遥は返事に詰まった。
俺の目を見たまま、硬直している。
言葉の真意はわかっているのだろう。
けど、どう返したものか迷っている感じだ。
その瞳に、決意の光が宿った。
「まずね、高認の結果、出てないよね」
有無を言わせぬ強い口調だった。
「う、うん」
「それで、それが分かり次第、私の実家に事情説明と現状説明に行こう。ついてきてくれるよね?」
「当然だよ。天界云々は言えないからなんとか誤魔化さないとだけど」
「そこがスタートラインじゃないかな」
沈黙が漂った。
振られた。
そんな実感に、俺は膝をつきたいような気分になる。
童貞の俺にしては一世一代の告白だったのに。
遥か気恥ずかしげに目をそらす。
「別にね、私にだって性欲はあるよ。君のことだって、愛してる」
想定してない言葉に、俺は戸惑った。
なら、何故駄目なのだろう。
「けど、今日の君は、ちょっと怖い」
駄目か。
そう思い、俺は項垂れた。
「わかった。ちょっと、頭冷やしてくる」
そう言って、俺は部屋に戻った。
晩御飯。
俺と遥は言葉を交わさなかった。
二人共、別の人間と話し、他人のように振る舞う。
微妙な気まずさが、会話を避けさせる。
そして夜、俺は机についた。
いつもは勉強を教えに来てくれる遥は今日は来ない。
一人の夜か。
そう思い溜息を吐く。
勉強をする必要もなくなってしまった。
マシントレーニングに関するノートでも読むかとリュックに手を伸ばすと、部屋の扉がノックされた。
遥だろうか。
俺は心が浮き立つような気持ちになり、腰を浮かした。
「はい」
「雛子だけど、いーい?」
俺は落胆しつつも、苦笑した。
「いいぞ」
雛子は入ってくる。
両手にお菓子を持参していた。
「や、岳志君。久々に話そうと思って」
「そか。良いぞ、今日は暇だからな」
「高認受験も終わったもんね。次は大学受験?」
「ああ、そっちもなんとかなりそうだ」
「なんとかって……?」
「野球部からスカウトを受けた」
雛子は目を丸くする。
「流石だねえ。岳志君程の実力があればそういう道もあるんだ」
そう言って、ベッドに腰掛けて菓子の包みを開ける。
俺はその隣に座る。
「で、遥さんとなんかあった?」
核心を突かれて、俺はぐっと詰まる。
案外鋭い。油断できない奴だ。
「なんでそう思った?」
「だって、いつもは晩御飯の時仲良く喋ってたのに、今日は避けあってるみたいだったから」
「あー……まあな」
「なにしたのさ」
雛子がポッキーを差し出してくる。
それを一本つまんで、ひと齧りする。
「あー、それがなあ……」
言って良いものだろうか。
恥と言っても良いこの内容を。
けど、異性の感性からの感想を聞いてみたかった。
「大学の内定もらって、進路が決まって、恋人として一つ上のステップに進もうと迫った」
「ああ、そして断られたんだ」
その言葉は俺の胸をサクッと刺した。
ヤケのようにポッキーを一口で飲み込む。
「御名答」
「ふーん、そうなんだ」
雛子はそう言って、落ち着かない様子で、足をぶらぶらさせる。
「私ならそんなこと、しないけどな」
普段よりスローテンポで、雛子は言った。
俺はその真意が飲み込めず、もう一本のポッキーに手を伸ばす。
「私なら、良いよ?」
雛子は、俺の目をまっすぐに見て言う。
俺は、息を呑んだ。
変な空気になってるな。まずいな。そんなことを思っていた。
つづく




