最速何キロ行けるかな?
「ということで、今日もあずきとアリエルでやっていこうと思うにゃ!」
「にゃにゃ、なんで真似するにゃ!?」
「今日はどっちが猫さんが似合うか勝負だにゃ!」
「そのために立ち絵までいじってきただにゃ!?」
雛子が居間で真顔でスマートフォンを眺めている。
画面に写っているのはあずきとアリエルの配信動画。
その場に、あずきが居合わせた。
それに気がついて、雛子はあずきを見る。
あずきは無言で、その視線を受け止める。
沈黙が流れた。
「……なにか言いたいなら、甘んじて受け止めるわ」
あずきは、重々しく言った。
「いや、年長者なのに、プロ意識強いっすね」
にへら、と笑って雛子は言う。
内心、冷や汗をかいている。
「ええ。ええ。どうせ私なんて貴女達から見れば七つも八つも年上ですよ」
捻くれたようにあずきは言う。
どこか泣きそうだった。
Vtuberの身内バレとはかくも悲惨なものなのか。
「ちなみに雫さん、Vtuberとしての年齢は何歳なんで?」
「ガワは何歳かって話?」
「ガワ?」
専門用語がわからずに雛子はきょとんとした表情になる。
「十六歳」
雛子はごくりと息を呑む。
一瞬の間があった。
「脳殺しちゃうにゃー、お兄ちゃん!」
あずきの作ったアニメ声が居間に響き渡る。
それをかき消すように雛子は叫んだ。
「いえーい! 同い年ー!」
「雛子の馬鹿っ!」
そう言って、あずきは顔を覆って逃げ去ってしまった。
後には、ぽつりと雛子が残された。
「いや、どうしろっつーんじゃい」
ぼやく雛子であった。
まるで、母親の黒歴史ノートを見てしまったような、そんな罪悪感が残った。
+++
俺とアリエルは庭で長距離キャッチボールをしている。
エイミーがスマートフォンでそれを撮影している。
「凄い距離だねー」
エイミーは言う。
「外野手だからなー。これぐらいは維持できねーと」
「今日の趣旨忘れてなーい?」
「最高球速測るんだろー? 禄にトレーニングもしてないからそんなに出ないと思うけどなー」
「百六十キロ期待してるよ」
「無理言ってくれるぜ……」
俺はボールをキャッチすると、バックホームするイメージで鋭く投げた。
硬球は矢のように飛び、スポーツサングラスをかけたアリエルは難なくキャッチする。
「こんな石みたいなもん投げるなんてとんでもないスポーツにゃ」
呆れたように言うアリエルである。
「それ打つ時な、根っこに詰まった時すげー痛いんだぜ。手にしばらくじんわりした痛みが残る」
「想像したくないにゃ。私、硬式は絶対やらないにゃ」
そう言いつつ投げ返すアリエルである。
「そろそろ良いんじゃない?」
エイミーが言う。
「そうだな、肩も温まってきた」
エイミーが微笑み、その口調が変わる。
「それではエイミーチャンネルの本日の企画。軟式王子は今最速何キロ出せるのか? 去年の軟式野球大会で全国優勝投手となった彼が高校二年となるはずだった歳でどれほどの速球を投げるのか気になる方も多いでしょう。それを今、エイミーチャンネルは計測していこうと思います」
そう言って手元のスピードガンを映す。
アリエル事件は、返って俺達の関係をオープンにできるというプラスの効果をもたらしていた。
「俺、本業外野手」
訂正する俺である。その一線は譲れない。
「なんか六華にパクリだって怒られそうな企画だにゃあ」
アリエルもどこか呆れたように言う。
「良いから良いから。さ、岳志、マウンドに立ってー」
マウンドまで用意されているのだから恐れ入る。
これは元々あったのかと訊くと、エイミーがわざわざ用意したらしい。
幼馴染とはいえ行き過ぎた配慮ではないかと思う。
エイミーは俺とアリエルを見守る位置に立ち、スピードガンを構える。
そこに俺は、注文を出した。
「もっと俺よりに立ってくれよ。テレビとかで表示されるのは大体初速なんだ」
「しょそく?」
「ストレートは減速するから、球の投げた瞬間とミットに収まる瞬間じゃ十キロ近く差が出るんだ」
「なるほど、大事だね」
そう言って、エイミーは横歩きで俺に近寄ってくる。
「本業ガーって言ってる割には負けず嫌いだね。らしいらしい」
にしし、と笑うエイミーである。
「うるせいやい」
顔が少し熱くなる。
これ、エイミーチャンネルで放送されるってことは何万人にも見られるってことだよな。
迂闊なことは言えたもんじゃない。
「投げるぞー」
「あいよ!」
俺は振りかぶって、投げた。
手が鞭のようにしなり、球を投擲する。
それは見事にアリエルのキャッチャーミットに収まった。
「わー、キャッチャーミットほとんど動いてないじゃん。凄いコントロールだね」
「外野から狙うよりは楽だ」
照れくさく思いながら言う。
それにしても改めて思い知らされるのはアリエルの運動センス。
俺の速球に身じろぎもせずキャッチして、そのまま立ち上がって投げ返してきた。
「で、球速は?」
カメラマンを兼任しているエイミーは、スピードガンの確認が遅れたようだった。
表示された数字を見て、目を丸くする。
「百四十五キロ! 凄いよ、プロ並じゃん!」
「百四十五かぁ……百四十五ね」
なんかスイッチが入った。
最近眠っていた勝負師としてのスイッチ。
負けず嫌いのスイッチ。
「行くぞ、アリエル」
「一球で十分にゃ」
「それじゃ尺稼げないわー」
エイミーは無慈悲に言う。
アリエルはやれやれと座り直した。
俺は再び投げた。
「百四十六!」
投げる、投げる、投げる。
「百四十五!」
「百四十二!」
「百四十六!」
うーん、高校二年生としてはまあまあか?
けど新聞で報道されているような怪物レベルと比較すると見劣りする。
俺はこんなものなのか?
最近トレーニングをあまりしていなかったとはいえ、人生の大半を野球に注ぎ込んできたはずだろう?
神経集中して、投げる。
「百四十七キロ!」
「うーん。やっぱ本格的なトレーニング導入しないと駄目だな。独学じゃ限界がある」
ぼやくように言う俺だった。
負け惜しみである。
「負け惜しみにゃ」
からかうように言うアリエル。
「そうだよそうですよーだ」
「岳志ー」
遥の声だった。
「そろそろ電車の時間。シャワー浴びて着替えて準備しないと」
「ということでエイミーチャンネル計測フェイズはここまで。軟式王子はこれから高認試験に向かいます。彼の前途は吉と出るか凶と出るか? 乞うご期待!」
「そこは幼馴染でキリスト教徒なら前途に幸あれとか言ってくれよな」
「白人だからってキリスト教徒とは限らないよー。物知らずー」
呆れたように言うエイミーである。
なにはともあれ、俺にもついに自分の腕を試す瞬間がやってきたわけだ。
苦手な勉学の方面で。
俺は長くサポートしてくれた遥にグローブを頼むと、家の中へと入っていった。
つづく




