僕の大好きなアリエル
「夏休みだしちょっとしばらく京都旅行してこようと思うの」
出し抜けに六華がそう言い出したのはある日の晩餐のことだった。
俺もエイミーもきょとんとした表情になる。
京都。悪霊つきの本場。陰陽師達が暗躍する都。
何故唐突に?
そんな疑問がわかぬわけがない。
「なんで京都なんだ? ってかお前、進学校なら夏期講習とかあるんじゃないか?」
「色々事情がありまして。旅費なら心配しないで。私も貯金はあるから」
「誰か保護者はついていくのか? 一人旅行じゃないよな?」
「……一人だけど」
バツが悪そうに言う六華である。
「それは流石に賛成しづらいなあ」
あずきが困った表情で言う。
「一日二日なら別にわかるけど、それ以上なら私も親御さんから貴女を預かった身なんだから、責任を放棄するわけにはいかないわ」
「そうだぞ。お前は真っ当な女子高生なんだから」
俺も追随する。
きっと睨まれた。
「京都だの富山だの北海道だのふらっとあちこち行ってるお兄に言われたくない!」
耳が痛いとはこのことだ。
これでも世界平和の為に頑張っているんだけどなあ。
静寂が場を包んだ。
「あー、その件なら大丈夫」
マイペースにコロッケを食べている紗理奈が口を挟んだ。
「宿泊場所も護衛も陰陽連がフォローするから。陰陽連お墨付きの旅行って思ってもらっていい」
そこで流石に俺も勘づいた。
この旅行。影に紗理奈の思惑がある。
「お前、六華になにを吹き込んだ」
「なにも? 京都旅行をしたいって言うから、協力するって言っただけよ」
「俺の知る限り陰陽連は女子高生の気分転換に奔走するような慈善組織じゃなかったはずだがな」
「貴方は陰陽連の英雄よ? その妹ともなればそれは丁重に扱うわ」
じっと紗理奈を睨む。
しかし、紗理奈はもそもそとコロッケを食べている。
平行線。
「陰陽連、ってなに?」
あずきが戸惑うように言う。
あ、飛び火。
「えーっと、それは説明すれば長くなるんだけど」
エイミーがしどろもどろに言葉を紡ぐ。
「京都の悪霊つき対策組織」
六華が淡々とした口調で言う。
「ともかく、私は行く! 決めたから!」
六華はそう言うと、食事もそこそこに部屋に戻っていってしまった。
「ちょ、待てよ!」
言うが、彼女は止まらない。
後には中腰の俺が残された。
「本格的に兄離れしてきたわねえ」
苦笑混じりに言う遥である。
「思春期の妹を持った感想はどうかしら、岳志?」
「茶化すなよ、遥」
渋々、と言った調子で俺は椅子に腰掛ける。
「陰陽連のサポートは完璧なんだろうな、紗理奈」
「ええ、与一と刹那が東京駅まで出迎えに来る。六大名家二人が護衛なんてVIP待遇よ」
「六華をなにかに利用しようとしてのことじゃないだろうな?」
「滅相もない」
飄々と言う紗理奈である。
(怪しい……)
怪しいが、こちら側に決め手が無いのも事実だ。
仕方なく、この日の晩餐は他の話題に費やされた。
食後、六華の部屋の扉をノックする。
「はーい」
「決めたんだな?」
「なんだ、お兄か」
呆れたように言う六華である。
「うん、決めたよ」
「危険なことじゃないんだろうな?」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ」
ぐうの音も出ないとはこのことである。
「……俺は確かに、お前や雛子の為に、危険に身を投じることはあるよ。けど、それはお前の日常を守るためだ。お前が普通の高校生として生きてほしいからだ」
「私が同じ考えを持つことは許されないの?」
その答えで、ピンときた。
「……お前、やっぱりなにか隠してるな」
扉越し。
兄と妹が沈黙のまま向かい合う。
「いいか、危険な真似だけはするなよ。危なくなったら、俺を呼べ」
「わかった」
「なら、いい」
甘いかもしれない。けれども、六華の決意を覆すだけの口の上手さが俺にはない。
元々、じゃじゃ馬娘だ。
(本格的に兄離れしてきたのかなあ……)
あれだけ兄離れしろと言ってきたのだが、そうなるとそうなるで若干面倒なものである。
どちらにしろ面倒なんだから他人数兄弟の一番上というのは面倒な役割なのかもしれない。
翌日、六華は京都に旅立った。
「バイトさえなければなー」
惜しむように言う雛子である。
+++
世田谷宇には推しているVtuberがいる。
名前をアリエルという。
歌が抜群に上手くて、語尾ににゃがついて、ゲームの死にっぷりが絵になるVtuberだ。
懐かしアニメが好きらしく、昨今のアニメには疎かった。
が、最近Amazonプライムに加入したとかで、最近のアニメについても独特の視点からのツッコミを入れている。
どこか抜けたツッコミにさらにコメントからのツッコミが入るというのが通例で、簡単にゲームで死ぬことからついた愛称クソ雑魚エルも愛される雑魚へと意味を変えつつある。
ある日のことだった。
アリエルはあつまれどうぶつの森の配信の真っ最中だ。
「にゃ!? また借金にゃ!? アリエルもう随分釣ったにゃよ!?」
アリエルは唖然とした口調で言う。
その時、画面にノイズが走った。
と思うと、次の瞬間、画面が真っ黒になった。
「なんにゃなんにゃ」
焦ったアリエルの声が響き渡る。
『落ち着けー』
『キャプボ逝ったか?』
『クソ雑魚エルじゃ復帰は不可能だろう。これは解散』
『まあ焦る雑魚エルからしか得られない栄養がある』
「岳志ー、なにもしてないのにパソコンが壊れたにゃー」
『たけし?』
『今男の名前言ったか?』
『アリエル同棲?』
『もしや既婚者?』
『これは面白い展開になってきたな』
『嘘だろ、俺のスパチャ返せよ』
『え、嘘だろ、アリエルにガチ恋勢なんていたのか?』
『アリエルにガチ恋とかハードル高すぎんだろ……』
「いるよ、ここに……」
宇は唖然とした表情で、そう呟いていた。
「岳志ー、パソコンなにもしてないのにまた壊れたにゃー」
アリエルは相変わらず、男の名を呼んでいる。
宇は頭を抱えた。
(大炎上だ)
つづく




