甘美な夢
「甘美な夢を見ているようですね」
目を閉じた老人が言う。
「それでいい」
隣に立つ若い青年が顎をさすりながら言う。
野心家。そんなフレーズが似合いそうな男だ。
「夢が甘美であればあるほど、覚めた時に辛い思いをする。そして縋るのさ。今夜も夢をもう一度、と」
ビルの屋上である。
老人は探知の術を使っており、青年はその横で待機している。
「魔力を抑えて頂けて助かります」
「いやな、俺も天界に探知されれば危険な身。自然とついた癖よ」
「模造神エイミー。彼女の莫大な魔力の源さえ探知できれば、奴らの根城を突き止められ……」
最後まで言えなかった。その胸に、白銀の槍が突き刺さっていたから。
男は目に魔力を籠めて視覚を強化する。
遥か向こう。隠そうともしない魔力の本流の中に、槍を投擲した女神の姿があった。
「天界の危機と知って直々にお出ましか。しかし、一人とは恐れ入る」
男は、唇の片端を持ち上げる。
「この機会に、敵の戦力は刈っておくか」
そう言った男の手に、剣が現れる。
遥か遠くから、二神は向かい合った。
+++
「久しぶりー、雫ー」
「うん、久しぶり、瑞希」
瑞希は知らない人が外見を見たらちょっと驚くような外見だ。
グラマラスな体型で少し太っておりおっとりした様子に見える。
しかしハスキーボイスでハキハキと話す彼女に画面越しにメロメロになる女性は多い。
「そっちはアリエルちゃん?」
瑞希はちょっと気まずげに言う。
「そうだにゃ、よろしくー」
瑞希は片手で頭を抑えた。
「あんたこれ、良く今まで身バレしなかったね……」
「まさか当初はこんな大規模な話になるとは思わなくって……アリエルちゃんの特徴まんまアバターに反映させちゃったのよね」
色が抜けたような白い肌に金色の目。漆黒の髪に細い三つ編み。黒縁眼鏡。
十分に特徴的な外見だ。
「アリエル、あんた視力悪いの?」
「伊達眼鏡だにゃ」
「んじゃ、はいこれ」
そう言って、瑞希はスポーツサングラスをアリエルに手渡す。
「草野球大会の時にもつけてたっしょ。これからは常時つけな~」
「わかったにゃ~。けどアリエル、ファンの皆と話してみたい気もするにゃ」
「馬鹿ねぇストーカー被害って怖いのよー。私キャバ時代にストーカーに追われて店まで変えたんだから」
そう、瑞希のトーク術を形成したのはキャバクラ。
その持ち前の記憶力で太客の名前を片っ端から覚える。
顧客とのニーズを満たした関係性を形成し、その役になりきる。
声優の世界で生き残れなかった彼女が、演技を交えて熾烈な環境下で身につけた生き様だ。
MARCH卒で配信者として趣味で活動していたところをスカウトされた雫と、夜の街から陽の光を浴びようと自ら売り込んだ瑞希。
瑞希に言わせれば光の雫と闇の瑞希、とのことらしい。
「とか言ってるけど、イベントでマンツーマンでファンとトークできるよう提案したの瑞希なんだよ」
あずきが苦笑混じりに言うと、アリエルは目を輝かせ、瑞希は気恥ずかしげにそっぽを向いた。
「んじゃ、行こか。しっかし久々だね。相変わらず食ってんの?」
「人をそんな大食漢みたいに……」
「実際大食漢でしょ雫は。漢ではないか。女だとどう言うんだろうね?」
どうでもいいことでも話を広げる職業病……。
「過食症?」
「ストレス性かなぁ」
「医師でもないのに勝手に診断しないでよね」
「いやーけど、トイボクビになる直前の雫はマジでちょっとキてたから」
瑞希はそう言って苦笑する。
「ちょっと心配してたけど、知らんうちに復活してたからまいいかって」
自分も色々事件を起こしていただけに何も言えないあずきだった。
「しっかし、今じゃエイミーと組んで登録者も鰻登り。あやかりたいねえ」
「現役芸能人箱に囲い込んでるようなもんだから、まあ強いよね」
エイミーのありがたみを再実感するあずきである。
エイミーとの交流はコラボ魔と称されるあずきの職業病から始まったものだが、エイミーがここまで有名になるとはあずきも思ってはいなかった。
「アリエルも馬鹿みたいに歌上手いし」
「それって褒めてるにゃ?」
疑わしげに言うアリエルだった。
「褒めてんよ。歌で負けたーと思ったのは後にも先にもあんただけだ」
そう言って瑞希は肩を竦める。
「でー。コラボの内容はどうすんの?」
「お嬢様方を誘いに来たとかシチュエーションバトルとかそういうのでお茶を濁せれば。なんなら私の放送恒例の恋愛相談企画を持ち込んでもいい。私は自分のキャラを売り込めればそれで旨味があるからね」
割り切ってるのは苦労人であるがゆえか。
「エイミーもあれで空気読み上手いから適切な反応を返してくれそうだけど……」
問題はアリエルだ。
瑞希が演じる東がどう口説こうとアリエルは照れるどころか何バカやってんにゃぐらいのことは言いかねない。
空気が徹底的に読めない読まない。アリエルの美徳であり欠点だ。
「アリエルは外す?」
「私アリエルとデュエットしたいんだよね。歌ウマVtuber同士で」
「まあ細かい点は後からエイミーも交えて詰めるとするか。あの子あれでアメリカでゼロからのし上がった子だからね」
「うん。ついたよ」
そう言って瑞希が見上げた先には、確かに養成所の文字がついた看板がある。
古びた建物だった。
つづく




