交渉
あずきが電話をかけたのは、東城寺瑞希という名前のVtuber演者だ。
Vtuberとしての名前は東雲東。ハスキーボイスで中性的なのを売りにしている男女問わず若年層ウケの良いVtuberだ。
瑞希は五コールで電話に出た。
「雫ー久々じゃん。好調みたいねあずエルミー」
「まあぼちぼちかな」
「独立して正解って感じ?」
「独立なんていいもんじゃないのよ。クビになったんだから」
苦笑する。
あの、悪霊つきになって精神的にやられていた時代。自分に声をかけてくれる人はいなかった。
「あー、やっぱり? 後釜もすんなり決まってなんかあるなあとは思ってた。んで、なに?」
「瑞希ってさ、声優だったよね」
「売れない声優だったけどねー。バイトしつつサブキャラしてるような」
「私も声優するようになったって言ったら、どう思う?」
「すっげー嫌味なこと言うなって思う」
ハスキーボイスでけらけら笑いながら言う。
あけずけと言う奴なのだ。
「だってさ、あんたはVtuberとして成功してて逃げ道あるんだもん。嫌味だよね。まあ実際実家太い人多かったけどさ」
「まあ、やることになったのよ。けど、演技に自信がない。なにか斡旋してくれないかな」
「んー……恩師の養成所のワークショップ、紹介できるけど」
「専門学校?」
「違う違う、養成所」
慌てたように訂正する友人である。
「どう違うの?」
「専門学校出身の声優なんてほとんどいないのよ。ほとんどの人が他の進路を選ぶ。その中でも上澄みが養成所に進んで週二日から三日ぐらい通って訓練を積む。密度もこっちの方が濃いわ。その中でもワークショップは演じることを徹底的に磨くことができる」
「半年でなんとかなるかしら」
「あんた、自分の職業自覚してる?」
呆れたように言う友人である。
「十六歳だって嘘ついて回って演じてる人間が今更演技どうこう怖気づく方が私にとっては滑稽だわ」
言われてみればそれもそうかもしれない。
「ただ、それ相応の見返りも欲しいかな~だなんて」
友人が、にんまりと笑ったのが見えた気がした。
「できることならするけど」
少し、怯みながら言う。
嫌な予感がした。
「あずエルミーに噛ませてよ」
沈黙。
「私はトイボックスをクビになった身だわ。その私が現役トイボックスの貴女とコラボ。上は良い顔するかしら」
「どうかね~。まあ私はあんたのメンタルケアもせずにクビにした一件で上への忠誠心はとうに失せてんだわあ」
「……上にお伺いは立てなよ?」
一度のコラボぐらいはどうってことないのだろうか。そう思った。
「じゃ、恩師に連絡とっとくわぁ。あんたの素性も伏せるように頼んどく。ちなみに何役?」
「……佐々木葵」
「は?」
相手は絶句した後、こう付け加えた。
「エイミーのバーター」
そう言ったきり、電話は切られた。
確かに、本職ではない自分が主人公の幼馴染なんて美味しい役を貰えたら元本職としては面白くないだろう。
まあ次に繋がったなら良いか。
そう思い、あずきはスマートフォンをポケットにしまった。
問題は、外出は最低限に控えてくれという岳志のお願いだった。
つづく




