新展開
あかねが帰る日がやってきた。
朝一番の新幹線で向かうらしい。
タクシーも手配済みらしく、誰にも知らせずに行くらしかった。
あずきは鍵などをかける手間がある必要上知らされていた。
「皆で見送ったのに」
呆れ混じりにあずきは言う。
来るなり大騒動を巻き起こしたと思ったら慌ただしく帰っていく。
まったく台風のような人だ。
「んー。私のやりたいことは終わったから良いかなって。皆私に好印象は持ってないだろうしね、あれじゃ」
あかねは苦笑する。
「それに、岳志の顔を見たら未練が残りそうだし。切り替えるわ」
そう言って、バイバイと手を振ると、あかねは去っていった。
それを見送って、あずきは門の鍵を閉める。
「切り替え、かあ」
自分も切り替えをしなければならない時期が来ているのだろう。
岳志と会って一年。
恋と言うには淡い感情だが、失恋と言うには十分な長い時期だった。
助けられたことから始まった。
彼との日常は心地よかった。
けど、自分のものにはならなかった。
それが全てだ。
溜息混じりにパソコンを起動してメールチェックする。
そして、そのうち一枚を開いて、目を丸くする。
慌ててアリエルの部屋に入り込んで、その肩を揺さぶる。
「なんにゃ~アリエル昨日スマホで美味しんぼ見てて眠いにゃ~」
「それどころじゃないのよアリエル!」
「なんにゃなんにゃ」
「私と貴女にオファーが来た!」
「にゃ?」
アリエルのVtuberとしての窓口はあずきだ。
アリエルは天然過ぎてその手の交渉に不向きだろうということで、あずきがその手の金銭管理から渉外を一手に担っている。
そのあずきに、オファーが来ていた。
「深夜アニメで、私に声優、貴女にオープニングソングのオファー! 個人勢でこれは有り得ないチャンスよ!」
「……にゃ?」
アリエルは寝ぼけ混じりに自分の頬をつねる。
「けど私、まだ五十万登録しか行ってないにゃよ」
「エイミー効果もあるんじゃないかしら。私達あずエルミーとして活動してるし」
あずき、アリエル、エイミー三人組であずエルミー。登録者五百万のエイミーが引っ張るユニットは、あずきのアカウントで時たまコラボ放送をしている。
「私の歌がアニメのオープニングとして流れるにゃ?」
あずきはうんうんと頷く。
アリエルの寝ぼけ眼に徐々に光が宿り始めた。
「受けるにゃ! 私、歌うにゃ!」
「そうこなくっちゃ」
恋に敗れてもそこで道が途絶えるわけではない。
しばらくは仕事に生きる道もある。
水を得た魚のような気持ちになったあずきだった。
しばらくはアリエルのマネージャーと声優のボイトレで大忙しだ。
つづく




