お兄! なにやってんの!
「とりあえず今日はもう遅いから近くの宿に泊まろうか」
そう言ってあかねの先導に従ってビジネスホテルにたどり着く。
六大名家の当主と言う割には堅実な金の使い方だ。
受付のベルを鳴らし、言う。
「予約していた一階堂ですがー」
受付の女性が奥から出てくる。
「はいはい、一階堂さんですね。チェックアウトは午前十時となっております。零時以降は鍵が閉まるのでそれ以降の外出はお控えください」
「わかりました」
そう言って、笑顔で鍵を受け取る。
うーん余所行き顔。
その笑顔のまま、問う。
「もう一つの鍵は?」
「もう一つ?」
「二部屋予約していたはずですが」
相手は沈黙し、慌てて手元のパソコンを操作する。
そして、真っ青になった。
「申し訳ありません、ただいま当ホテルは満室となっております。こちら側の手違いです。本当に申し訳ありません」
「さて」
余所行きの笑顔のままであかねは俺の方を振り向く。
「どうする?」
「どうするって……俺は別の宿を探すよ。最悪外泊でも良い。寒いけどこの季節なら流石に寝れるだろ」
「申し訳ありません。近隣のホテルに空き部屋がないか直ちに確認しますので」
「けど、襲撃されたら私死んじゃうよね」
あかねが不意に真顔になる。
「そちら側の手違いですよね? 一部屋を二人で使っても、仕方ないですよね?」
「え?」
俺と受付の女性は異口同音に言った。
+++
沈黙が部屋を支配していた。
あかねはバックを抱いてベッドに座り込んでいる。
俺は床で布団で半身を包んで座り込んでいる。
「軟式王子さぁ」
「う、うん」
なんか互いに意識してる気がする。
なんか気まずい。
「風呂入ってきなよ。流石に不清潔だよ」
「それじゃあかねはどうするんだよ」
「君が入った後に入るよ。女は色々準備とか長いからね」
「それじゃ、俺が袋持ってきたから、そこに着替えを入れて浴室に入ろう。浴室の中で服を脱いで、風呂に入って、着替えて、出てくる」
「おっけー。それでいこう」
風呂に入り、シャワーを浴びる。
(女の子とホテルで二人きり女の子とホテルで二人きり女の子とホテルで二人きり女の子とホテルで二人きり)
頭を壁に打ち付ける。
落ち着け俺の心の中の童貞。
相手はあかねだ。年上のお姉さんだ。なにが起きると言うのだ。
しかし、紗理奈と刹那の例がある。
六大名家は優れた術師の血を欲しているという。
俺はダビスタのサラブレッドではないのだが、彼女らのお眼鏡には叶っているらしい。
(変な気は起こさないだろうなーあかね……)
あかねほど術に長けていれば、相手を拘束する術ぐらい取得していそうなものだ。
もう一度、頭を壁に打ち付ける。
(自意識過剰、自意識過剰)
色々考えて冷静になってきた。
あかねと俺の間におかしなことなど起こり様なことはない。
それでも、落ち着かないのは確かだが。
着替えて浴室から出る。
「スマホ鳴ってるよー」
あかねが言う。
確かに、俺のスマートフォンのバイブレーションが鳴っていた。
俺は電話に出る。
「お兄! なにやってんの!」
六華だった。
「いや、なにって、仕事……」
「なんの仕事で北海道なのよ。北海道じゃなきゃ駄目なの? なんで一言言ってくれないの? 吃驚するじゃない」
「風呂入ってくるねー」
あかねはそう言ってすっと浴室に入っていく。
「なに今の女の人の声」
低い、低い六華の声がした。
どうやら聞こえていたらしい。
最悪のタイミング。
「いや、誤解、誤解だ」
「風呂ってどういう誤解……」
そこでふつっと通話は途絶えた。
多分、スマートフォンを握りつぶしたのだろう。
脳のリミッター壊れてるのって本当どうにかならないだろうか。
しかし、あの女の園だ。噂はあっという間に広がるだろう。
俺、帰る場所あるのかな。
そんな一抹の不安に陥る中で、あかねが湯船に入る音が聞こえてきた。
心の中の童貞は揺るがない。
その手の音はアリエルで聞き慣れている。
ちょっと成長?
ふふん、俺も昔のままの俺ではないではないか。
そう思っていたら、体を洗う音が聞こえてきた。
叫びだしたくなった。
所詮童貞は童貞。
女慣れした遊び人の貫禄はないのだ。
その叫び声は、上げたならばきっと悲鳴に似ていただろう。
助けて。誰かに訴えたくなった。
妙齢の女性と同室に泊まる。性的な意図はないのにそれだけのことで俺はどんな強敵と対峙した時よりも追い詰められていた。
つづく




